目次
はじめに
Prologue 移民最前線タウン新大久保の2020年春
「ここは日本なんだから、大丈夫ですよ」
パニックが起こるのではないか
外国人たちが見せた意外なたくましさと、商魂
「10万円の給付、外国人も対象なの?」
外国人につきまとう「在留資格」の問題
10万円給付に「アベさんありがとう」
Chapter 1 名古屋“九番団地”の住民たち
東海地方に多い外国人労働者
ネットカフェ難民となったフィリピン人技能実習生
コロナ防護服を折りたたむバイト
名古屋の中の異国、九番団地
2020年4月に襲った首切りの大波
東海地方に日系人の労働者が多い理由
高齢化とコロナ禍、ふたつの問題
コロナだから、あえて起業?
Chapter 2 学習支援と食料支援の実践者たち
アルゼンチン×ブラジル人夫妻が立ち上げた教室
一斉休校の影響で学校の授業についていけない
外国人の子供たちに目立つ「コロナ転校」
オンラインだからこそのメリットもたくさんある
食料支援を続ける日系ペルー人
支援しているほうも外国人の失業者
ペルーに渡った日本人の子孫が、今度は日本にやってくる
「外国人から先に切られる」
誕生日プレゼントは解雇通告
かれらを弱者と呼んでいいのだろうか
Chapter 3 コロナに感染した外国人たち
外国人の感染者は、日本人よりも多いのか
感染リスクの高い現場を外国人が支えている
一家10人丸ごと自宅隔離のペルー人
「仮放免」のロヒンギャ難民がコロナに感染
「仮放免」にはワクチンの通知も来なかった
コロナ患者の医療通訳に奔走するフィリピン人
コロナで進む「外国人労働者の高齢化問題」
Chapter 4 揺れる留学生たち
留学生たちが消えた新大久保の街
オンラインでの授業は果たして「留学」なのか
感染の怖さを抱えながら、コンビニで働く
日本人の友達ができない
生まれて初めてのひとり暮らしが、コロナ禍の東京
1年以上も「入国待ち」の留学生たち
日本人は海外留学できるのに、外国人留学生は日本に入れない
オリンピック選手は隔離なしで日本に入れる
深夜2時30分からのオンライン授業
国際的な信用問題につながりかねない
外国人は、日本にとって「例外の人」
「日本は、国民になにもかも任せて、国がなにもしない」
Chapter 5 翻弄される技能実習生たち
ベトナム人を犯罪に追いこんだもの
コロナ禍の入国制度も悪用して金儲け
ベトナム人尼僧のもと、逃亡実習生たちと年越しをする
本堂に並ぶベトナム語の位牌
血が出るほど殴られた
かれらの「たくましさ」は日本人にどう映るのか
大恩寺には監理団体のベトナム人もやってくる
実習生たち手づくりの晩ごはん
実習生たちと焚火を囲む大晦日
実習生たちと布団を並べて2020年が暮れていく
「チャンスがあったら、また日本に来たい」
名古屋にもあるベトナム人の駆け込み寺
助けるほうと、助けられるほうをつくっちゃいけない
ベトナム人僧侶は実習生たちのアニキ
「日本はもう、来たくないですね」
技能実習制度が失敗した理由
徳林寺の大きな家族
Chapter 6 なんでも対象外の難民たち
多くの外国人が助かったという「10万円給付」だが……
言葉や文化も奪われた人々
保険もない、就労もできない「仮放免」という立場
解体や工事現場で働くクルド人たち
コロナ禍で減少する仕事、増える労働事故
病院に行きたくても行けない
東京オリンピックの「難民チーム」の陰で
Chapter 7 “職域接種”するフィリピンパブ嬢たち
栄4丁目、通称「女子大小路」
街全体がクラスター化してしまった
1000人のフィリピンパブ嬢がワクチンを職域接種
お金がなくなると「ウータン」でしのぐ
東海地方の工場労働者を支えてきた存在
ワクチン接種でみんな明るくなった
Epilogue 「コロナはチャンス」したたかな商売人たち
新大久保の外国人人口は1000人減だけど
コロナ禍なのに出店ラッシュ
コロナで空いた物件をいまのうちに押さえたい
アジアの「市場」と化した新大久保
この街はコロナに負けなかった
おわりに
初出一覧・主要参考文献
前書きなど
はじめに
誰もがしんどい日々を送ってきたと思う。なにせコロナ禍は、現在進行形の世界的大災害なのだ。
僕もけっこう参った。なにせ「アジア専門ライター」なんて名乗っている身だ。若い頃からアジアの各地をうろうろし、その後はタイに10年ほど住んだ経験を活かして、アジア関連のガイドブックをつくったり現地の社会情勢だとか日系企業の動向なんかの記事を書き、どうにかメシを食ってきた。年に4、5回はアジア諸国に出かけて取材をし、各地で拾い集めたネタをニュースサイトや出版社に売りつける生活を送っていたのだが、そんなサイクルが完全にストップした。全世界で入国制限が広がり、海外に行けなくなってしまったのだ。
アジアと行き来することで生計を立てていた僕にとっては、補給線を絶たれたようなものである。それに取材ができなくなるだけではなかった。世の中は海外旅行どころではなくなったのだから、ガイドブックは次々と刊行を取り止め、海外モノを連載していたニュースサイトや新聞は更新がストップし、それはつまり収入が減るわけであって、助けてくれる人のいないフリーランスの僕は泣いた。まさに憎っくきコロナなのであった。
しかし、「海外に行けないなら、日本国内の異国を」というお話も舞いこんでくるようになった。いまや日本の各地に根を下ろした外国人たちのコミュニティについて、なにか書いてくれないかという依頼である。それは僕が日本でもとくにアジア系の外国人が集住する、東京・新大久保に住んでいるからでもあっただろう。とりわけ、「在住外国人たちはコロナ禍をどう生きているのか」という視点の記事を求められる機会が増えた。
そんなこともあって、僕はさまざまな外国人にコロナの影響を聞いて歩くようになった。そこで知ったのは、外国人ならではの悩みや苦しさだ。出入国ができないので家族に会えない人、実習期間が終わったのに帰国できず行き場を失った技能実習生、各国のロックダウンで輸出入が滞り困っている食材店やレストラン、日本渡航直前に入国制限となり途方に暮れる留学生。コロナで亡くなった母国の親戚や友人の葬儀に出席できないという声も聞いた。みんな閉ざされた国境に振り回されていた。コロナはグローバル社会を直撃したのだと、あらためて思わされた。
(…後略…)