目次
はじめに
序章 国際移動の教育言語人類学
1.TransvocalityとTranslocality
2.米国における「日本人」生徒
3.先行研究
3.1 周縁化されるアイデンティティ
3.2 アイデンティティ形成におけるカテゴリーとラベルの役割
3.3 アイデンティティ形成における場所性
4.研究方法論
4.1 アイデンティティ研究における研究方法論
4.2 本書での研究方法
4.2.1 データ収集
4.2.2 データ分析
4.2.3 研究者の立場性(positionality)
5.本書の構成
第1章 【教室内をみる】「日本人は金持ちだから」
1.ELD教室におけるやりとりをみる
2.教職員による仕掛けと認識
3.教室内での生徒間による「日本人」の形成
4.「日本人コミュニティ」の想像と実践
5.小結
第2章 【テリトリーの表象と解釈】パール高校の「人種民族地図」
1.地図からみる「日本人コミュニティ」
2.「コミュニティ」を想い描く――日本・米国
3.学内のテリトリー認識
3.1 「日本人コミュニティ」内のグループ
3.1.1 「バイリンガル」グループ―ミホらのテリトリー認識
3.1.2 「エンターテイメント」グループ―セイジらのテリトリー認識
3.1.3 「メガネ」グループ―ケンタのテリトリー認識
4.学外の人種民族地図の変遷
5.小結
第3章 【学校内をみる】連鎖するラベルの認識と言語行為
1.ラベル付けとイデオロギー
2.内集団と外集団――名乗りと名付けのパターン
3.「アメリカナイズ」「Jap」「FOB」を語る
4.「Japs/ジャプ」という名付けと名乗り
4.1 “I don't talk to those Japs”(私はああいうジャプとは話さない)
4.2 「ジャプ軍団」
4.3 「どうせ俺達ジャプだもんね~」
5.小結
第4章 【個の変化をみる】「not Fob」で「良いFOB」
1.ナラティブを通したアイデンティティの位置取り
2.テリトリーの経年変化
3.名付けられる側から名付ける側へ
4.「アメリカナイズされた」生徒らとの関わりの中での位置取り
5.小結
第5章 【学外をみる】居場所としての塾とSNS
1.トランスナショナルな居場所
2.塾という「日本」、「日本」へつながる塾
3.SNSでの自己表象――「マイスペース」から「Mixi」へ
3.1 「自己紹介」――メガネグループとエンターテイメント
3.2 言語表記スタイル――メガネグループとバイリンガルグループ
3.2.1 スタイルの共通点と個々の差異
3.2.2 SNSの構造とコミュニティ性の可視化
4.小結
第6章 【トランスナショナルな視点でみる】「ジャプ」から「帰国」へ
1.帰国生入試と「帰国生」の形成
2.米国にいながら「帰国子女」
3.日本で「帰国」になる、「帰国」をする
4.高校卒業から10年――「帰国」とは何か
5.小結
第7章 【人種・民族・国の狭間】「おとんは侍、おかんはお嬢」
1.「ハーフ」の人種化とパッシング
2.コロンビアから日本、そして米国へ――ジュンの語り
3.周囲から人種化されるジュン
4.ジュン自身による戦略的位置取り
5.小結
補章 【世代・民族の狭間】「4世」「日本人」のライフストーリー
1.場所性から捉えるライフストーリー
2.「あの時・あの場所」のジャネット
2.1 “Oh you are hapa”――補習校と小学校
2.2 “FOB”と“Whitewashed”の狭間――高校時代
3.研究者との対話――「今・ここ」でのジャネット
4.日常的なやりとりにおけるジャネット
5.語られる歴史と地理、語る場の歴史と地理
6.小結
終章 国際移動する子ども達の新たなアイデンティティ研究に向けて
1.アイデンティティ研究におけるマルチからトランスへの捉え直し
2.今後の展望
参考文献
おわりに
索引
前書きなど
序章 国際移動の教育言語人類学
(…前略…)
5.本書の構成
以上、本書の理論的枠組みおよび研究アプローチについてまとめてきたが、本研究の特徴は以下にまとめられる。
(1)トランスナショナルな状況に着目し、米国の高校における「日本」につながる生徒らの生活やアイデンティティの交渉に関し、観察に基づいて詳細にかつ長期的に追い、帰国後の長期的変化も描く。
(2)アイデンティティ研究は様々な学術分野において発展してきたが、本書では異なる分野をつなぐキーワードとして言語と空間を置き、学際的な研究アプローチの展開を試みる。
(3)人種やエスニシティに関わるカテゴリーを生徒らがどう名乗り、他者に名付けられるのか、またそれが異なる状況や分析手法を用いることで、どのような側面をあぶり出すことができるのかを言語軸・時間軸・空間軸を参照しながら比較することで、具体的で多角的なカテゴリーの捉え方を提供する。
(4)日常のミクロな相互行為を重ねながら、生徒らが何を「日本人」として想像し、それをどう実践することで、一見マクロにみえる社会言説や社会構造がどの様に個々人の生活において維持されているのかを描き出す。
本書の構成は、以下の図に表したように、第1章ではELD教室内に焦点を当て、どのように「日本人」という概念が表出・形成されるのか、教員と生徒間、異なる民族的背景の生徒間、日本人生徒間でのやりとりから明らかにする。第2章では、パール高校の人種化(racialized)および民族化された(ethnicized)地図や地理(「人種民族地図10」)に焦点を当て、生徒らが学校内の「日本人コミュニティ」の「内側」にどのように小集団を作り、境界線を張り、その関係性を複雑に管理しているのか、そして、それらの小集団間の関係性をどう形成しながら自他を理解しているのか、「テリトリー化」に着目する。第3章では、言語イデオロギーと集団内の差異化の理論的枠組みを援用しつつ、どのようなラベルがどのように研究参加者らによって認識され、使用されているのか、生徒間で顕在的および潜在的に言語や空間を介在して共有されている前提やイデオロギーを明らかにする。第4章では、個に焦点を当て、時間経過によるテリトリーと個人のアイデンティティの変容について、3年生のタイチのナラティブに焦点を当てて明らかにする。特に、研究者に対しての説明、友達同士での会話の中、ナラティブ内で、いつ、誰が、どこで、誰に、どのようにラベルを使うのかにより、ラベルの意味や果たす役割がどう異なるのかを論じる。次に、第5章では、学外に目を向け、限られた交流の場である塾とインターネット上で、「日本人」という枠組みや細分化されたグループが維持や強化される傾向について明らかにする。また、第6章では、トランスナショナルな視点でパール高校の生徒達が帰国する前から帰国後の進学・就職という過程にて、どのように「帰国子女(帰国)」および「帰国生」に「なっていくのか」、これらのカテゴリーをめぐるアイデンティティの交渉とその変容を分析する。さらに、第7章では、人種・民族・国の狭間に着目し、日本人の父親とコロンビア人の母親をもつジュンの移動とアイデンティティの変容に着目し、彼のライフヒストリー、パール高校における他者からの位置付け、ジュン自身の他者との関わりの中での自己の位置付けを、「パッシング(passing)」という概念を基点に明らかにする。そして、パール高校の生徒ではないものの、本研究の背景的状況を理解するのに有用であることから、補章では、自らを「4世」「日本人」と位置付けるジャネットが、日本から来たばかりのパール高校の日本人生徒らのような「日本人」との関係性の中で自らをどのように位置付けていくのかを明らかにする。