目次
謝辞
凡例
はじめに 歴史の中の香港
第一章 植民統治初期の香港
西洋の中国再訪
「洋煙土」――アヘンと戦争
協力関係
香港が抱えたさまざまな問題
第二次アヘン戦争
太平天国の反乱と中国人移民
第二章 国家と社会
経済――アヘンと移民
社会〔華人/ヨーロッパ人/ユーラシアン/インド人〕
政府、法、司法〔政治体制/法と司法部門/華人に対する管理〕
統制のテクニック?〔植民地教育/売春と伝染病の取り締まり/妹仔〕
第三章 植民地主義とナショナリズム
一八九四年のペスト流行
一八九四年の改革運動
新界の獲得
香港の華人資本家の台頭
香港と中国のナショナリズム
辛亥革命と香港への影響
一九一二年から一九一三年のトラムボイコット
香港大学
香港と第一次世界大戦
第四章 戦間期
華人資本の工業と銀行
政治体制の発展
ストライキとボイコット〔一九二〇年の機械工場ストライキ/一九二二年の海員ストライキ/一九二五年から一九二六年のストライキとボイコット〕
分断された世界、分断された生活
公共事業と社会福祉
売春業と妹仔
財政支出の節約
第五章 戦争と革命
守りがたきをを守る
香港陥落
日本軍による占領
戦時計画と香港再占領競争
香港の回復
戦後の変化とヤング・プラン
香港と一九四九年中国革命
第六章 新しい香港
朝鮮戦争と冷戦
戦後の経済的繁栄
世界の新しい秩序への対応
一九六〇年代〔一九六六年スター・フェリー騒乱/一九六七年の衝突〕
福祉社会の建設
第七章 香港人になる
経済・社会・文化の発展
信頼によって帰属感を確立する――汚職との戦い
香港の前途についての交渉
中英交渉と「中英共同声明」
恐慌状態の町
「基本法」
九龍城塞の最後
第八章 一九九七年へのカウントダウン
天安門事件への反応と影響
新空港をめぐる論争
一九九七年への対応
最後の帝国主義者――パッテンの改革
特別行政区行政長官への競争
カウントダウンの終わり
世界史の中の一九九七年
エピローグ 一九九七年を超えて
「一国二制度」構想と香港の自治
植民地主義とその遺産
リーダーシップの問題
香港と中国大陸
香港における歴史
訳者あとがき
参考文献
歴代香港総督・行政長官一覧
年表
索引
前書きなど
訳者あとがき
本書の翻訳を訳者が思い立ったきっかけは、実は日本では『香港の歴史』と題する専門書が未だ刊行されていないという、意外とも言うべき事実であった。このあとがきの執筆に当たり、訳者は再度日本の大学図書館の書籍を網羅したCiNiiと、国立国会図書館の検索システムを利用して、「香港の歴史」または「香港史」をタイトルに含む日本語の書籍を探してみたが、ヒットしたのは『食べ物が語る香港史』、『切手が語る香港の歴史』、『香港の歴史と経済』の三冊のみであった。いずれも興味深い書籍ではあるが、本書のような香港史の通史を扱うものではなく、歴史学者による著作でもない。発刊時期は一九九七年の香港返還前後に集中しており、当時の香港ブームの熱気を物語るが、言い換えればこの後二〇年余り、こうした仕事は公刊されなかったということである。中国の港湾都市については、『上海史』、『天津史』という専門書がすでに出ている中で、これらの都市に決して劣らない重要性を持つ香港の歴史の研究は出遅れているように見えた。
(…中略…)
そうした中で、訳者がジョン・キャロル香港大学教授によるA Concise History of Hong Kongを翻訳対象に選定したのは、本書が「三つの視角」によく配慮し、多角的に香港史を描くことに比較的成功しているとの判断からであった。本書は概説書として編まれており、多くの研究者の成果の引用によって構成されているが、その一つとして重要なものがキャロル自身によるEdge of Empiresである。同書はアヘン戦争から第二次大戦による日本の占領までの時期における、香港の主に富裕な商人を中心とする華人エリートとイギリス植民地当局の関係を通じて、香港の発展史を描いている。タイトルが示すとおり、同書が注目しているのは中華帝国と大英帝国という二つの帝国の周縁に置かれた香港という地位である。全く異質な二つの巨大帝国の勢力が重なり合う地で、本来は中華帝国の周縁にあり、被差別民に近かったような華人が商業を通じて富を蓄え、エリートに成長した。イギリス当局と華人エリート住民はある種の協力関係を結んだ。香港華人は激動の中国の胎動するナショナリズムにも呼応する一方、労働運動が香港の経済的繁栄や政治的安定を脅かす場面では逆にイギリス当局と協力した。こうして、二つの世界の狭間にあって、香港はすでに第二次大戦以前には独自性を備えた存在であったとキャロルは論じている。イギリス・中国・香港それぞれへの十分な目配りなしには、こうした仕事はできない。それを可能にしたものの一つはキャロル自身の経歴かもしれない。少年期を香港で過ごしたアメリカ人であるキャロルは、中英双方の資料を解読できると同時に、イギリス・中国・香港のいずれの政治的イデオロギーに対してもある程度客観的な距離を保つことのできる、稀有な研究者であると言えよう。
(…後略…)