目次
はじめに
プロローグ 日本的カースト制度とどう向き合うか――在日ヒーローの苦悩と決断
Ⅰ 在日史の断面から
記憶と忘却
朝鮮戦争と在日コリアン
「文世光事件」とは何だったのか
金大中事件が問いかけるもの――映画「KT」を観る
二つの大震災と在日コリアン
拉致事件と在日コリアン
帰化代議士の誕生
新井将敬の遺言状 新井真理子〈新井将敬夫人〉×朴一
Ⅱ 文化とアイデンティティ
梁石日・文学に見る在日世界
在日文学の可能性 玄月〈芥川賞作家〉×朴一
韓国映画とエロス 堀江珠喜〈英文学者〉×朴一
日本のプロ野球の国際化に関する一考察
苦悩する民族学校
民族教育における自由主義と共同体主義のジレンマ――宋基燦『「語られないもの」としての朝鮮学校:在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』を読んで
在日コリアンの未来予想図――在日新世代のエスニック・アイデンティティの変化をどうみるか
Ⅲ 多文化共生の理想と現実
日本国籍取得問題に揺れる在日コリアン
アジア人労働者受け入れ論の陥穽
「内への開国」を期待する
定住外国人の地方参政権問題の行方 野中広務〈元自民党衆議院議員〉×朴一
それでも原発を輸出するのか――3・11と私 東日本大震災で考えたこと
在日コリアンの視点から日本国憲法について考える
新しい日韓関係と在日コリアンの役割 小倉紀蔵〈京都大学大学院教授〉×朴一
エピローグ 日韓はどうすれば仲良くできるのか
あとがき
前書きなど
はじめに
ごく普通の大学教員をしていた私が、テレビの世界とかかわるようになったのは、今から一〇年前、ある討論番組に出演させてもらってからである。最初は、担当ディレクターに「竹島(独島)がなぜ韓国領なのか、韓国側の立場から説明してほしい」と言われ、自己主張は封印し、韓国政府の解釈を客観的に説明しただけだった。
ところが、放送日の翌日、大学には「税金で反日教授を雇うな」という苦情が殺到した。こうした苦情は現在も少なくない。それでも、私がテレビに出るのは、日本の人々に領土問題や歴史認識に対する他国からの見方・視点というものを紹介したいからである。
もちろん、韓国人にも日本人の見方・視点を知ってほしいと思っている。そんなとき、私が日本で出版した本を韓国の外交通商部から翻訳出版したいという依頼があった。ところが、翻訳が終わって、韓国で出版される直前、韓国の外交通商部から出版にストップがかかった。理由は、本の内容が日本側の立場から書かれた親日的な書物で、公的財源では出版できないというものだった。
マスコミ受けしたいなら、日本では親日的な発言を、韓国では反日的な発言をすればよいのだが、日本と韓国の狭間で生きてきた私にはそれができない。韓国や日本のどちらかの国益の立場から発言するのはたやすい。だが、両国の利害が微妙に絡み合う中で、歩み寄るのは想像以上に難しい。韓国には韓国の、日本には日本の、それぞれ歴史解釈があり、そうした歴史解釈を前提にした領土認識があるからだ。少しだけ日本人が韓国の立場を理解する努力をし、韓国人が日本の立場を理解しようとすれば、日韓の歩み寄りはたやすくなると思うのだが、複雑ないきさつをもつ両国の歩み寄りは簡単ではない。
しかし、日韓関係を加害者と被害者、親日や反日、韓流や嫌韓流という二項対立の構図から理解しようとするのは、時代遅れだと思う。経済のグローバル化が進む中で、個人、企業、国家の利害はますます衝突する可能性を増している。グローバル化が進展するにつれて、存在感を失いつつある国家が自らのナショナリズムを強化しようとする時代であるからこそ、相互依存関係にある日韓が、相互理解を深めながら、互恵関係を再構築していく重要性は高まっている。今、両国に必要なのは、お互いに歩み寄る寛容さであると思う。
本書は、私が大学に職を得て学者を生業とするようになった一九九〇年から現在(二〇一四年)までに、日本や韓国の社会、日韓・日朝関係、在日コリアンをめぐる諸問題について、新聞、雑誌、対談、講演会などで発表してきた論考を、三つの項目に分けて整理し、一冊の本にまとめたものである。そうした意味で、本書は、発言者「朴一」の二五年の思索の軌跡と言えるものである。
今から読み返してみると、恥ずかしい原稿もあるが、それもまた過去の私のありのままの姿だと思って、そのまま掲載していただいた。日本と韓国の狭間で生きてきた一在日コリアンの魂の「叫び」とまでは言わないものの、「ささやき」と思って読んでいただければ幸いである。
二〇一四年六月 朴 一