目次
生徒の皆さんへ
第I部 キューバの歴史の始まり。わが国の最初の住民
序章 キューバの歴史と世界史との関係に関する学習の重要性
第1章 キューバにおける原始共同体
1.1 15世紀末のキューバに存在したさまざまな先住民原始共同体。その由来
第II部 植民地キューバ
第2章 1867年までの植民地キューバ
2.1 発展段階の異なる2つの文化の衝突
2.2 キューバにおけるスペイン植民地支配の成立
2.3 17世紀における植民地の発展
2.4 18世紀のキューバにおける植民地の展開。イギリスによる支配まで
2.5 キューバにおけるスペイン支配の復活
2.6 自由主義思想の影響下のキューバ
2.7 絶対主義権力体制下のキューバ
2.8 50年代における併合主義と改良主義の動き
2.9 植民地-本国間の矛盾の極端な深化
第3章 十年戦争(1868~1878年)
3.1 1868年のキューバ情勢。植民地-本国間の矛盾の深化
3.2 民族解放運動の始まり
3.3 戦争開始時の主要な出来事
3.4 グアイマロ会議
3.5 スペインの弾圧と革命闘争の発展
3.6 オクシデンテ進攻
3.7 十年戦争終結
第4章 醸成期としての休戦段階
4.1 1878年から1895年までのキューバの経済情勢
4.2 小戦争
4.3 この時期のキューバの社会・政治情勢
4.4 ホセ・マルティによる新段階の闘いの準備
4.5 マルティ:この時代の最も急進的な思想
第5章 1895年の独立戦争と米国のキューバ占領
5.1 1895年戦争の開始
5.2 1895年10月までの戦争の経過
5.3 オクシデンテ進攻
5.4 1896年から1897年までの戦争の展開
5.5 帝国主義の戦争への介入
5.6 米国のキューバ占領
5.7 キューバにおける帝国主義的介入の確保のための政治的メカニズム
5.8 植民地期のキューバにおける文化の発展
第III部 キューバにおける新植民地共和国
第6章 1902年から1935年の新植民地共和国
6.1 新植民地共和国の形成
6.2 共和国の悪への抵抗
6.3 キューバ人オリガルキーアの権力闘争
6.4 腐敗した従属政府:1925年まで
6.5 最初の25年間における共和国の現状変革への動き
6.6 腐敗に反対し、共和国の制度改革を求める闘争
6.7 キューバの革命運動のさらなる発展段階へ向けて
6.8 ヘラルド・マチャド政権
6.9 世界恐慌の影響
6.10 反マチャド革命運動の高揚
6.11 革命闘争の継続
6.12 反動の策略と闘争継続の意思
第7章 1952年までのキューバ
7.1 キューバ社会の恒常的危機
7.2 改良主義に対するキューバ人オリガルキーアの抑圧政策の変化
7.3 ブルジョア改良主義の危機と共和国の悪への取り組み
7.4 軍事独裁の成立
7.5 独裁の国内政策
第8章 反バティスタ独裁闘争(1953~1958年)
8.1 政治的前衛の準備
8.2 モンカダ兵営とカルロス・マヌエル・デ・セスペデス兵営の襲撃
8.3 7月26日の生存者に対する裁判
8.4 戦争の準備
8.5 グランマ号遠征と上陸支援
8.6 都市における闘い
8.7 革命闘争の強化
8.8 反乱軍の進軍
8.9 革命勝利
8.10 新植民地共和国におけるキューバの文化
第IV部 キューバ、社会主義共和国
第9章 権力についたキューバ革命
9.1 権力についた革命の開始
9.2 内外の反革命に立ち向かう国民
9.3 社会主義へ向けて前進する革命
9.4 キューバに対する帝国主義の侵攻
9.5 帝国主義の新たな策略。革命の回答
9.6 党の形成と国家の再編
9.7 1965年までのキューバにおける経済的社会的発展。成果と困難。この時期の革命の国際政策
9.8 国の発展の実現のための努力:1965年以降
9.9 革命における文化
訳者解説
人名索引
事項索引
前書きなど
訳者解説
これはキューバの9年生のキューバ史の教科書である。日本では中学3年生に当たる。
(…中略…)
2006年に出された教育省の方針では、歴史は国語(スペイン語)とともに中学教育の重点科目とされ、3年間に渡り週3回の授業が組まれている。2年生で世界史を学び、その知識を踏まえて3年生で国史、つまりキューバ史を勉強するが、自国の歴史の学習をもって市民としての基礎教育は終了するという考え方に基づくものである。
キューバは今日においても社会主義の有効性を主張し、社会主義体制を維持している世界でも数少ない社会主義国家だが、「社会主義国の歴史教科書」という固定観念を持って読み進めると、意外な感じを覚えるかもしれない。これには主として2つの要素が関係している。まず第1に、キューバは1961年に社会主義国になったあとも、旧ソ連や中国などとは異なる独自の、「平等主義」体制を追求してきたが、今ではこの「平等主義」体制を転換し、1959年の「革命の原点」に立ち戻って新しい社会体制を追求していること。第2に、IT時代と言われる今日、世界の子どもたちと同様、キューバの子どもたちも変化しており、そのために教育もさまざまな問題に直面していることである。したがって、この教科書は新しい時代を迎えたキューバの、新しい歴史教科書であると言うことができる。
この教科書に貫かれている基本的思想、すなわち史観は、1959年の革命の成功はスペイン植民地時代以来の、5世紀に渡る、数知れない有名、無名の人々の犠牲や挫折した闘いの経験や教訓の蓄積の上にようやく実現したものであり、したがって、革命は脱植民地化のための構造転換の始まりを意味する、というものである。これが義務教育の最終学年を迎えた生徒たちへのメッセージでもある。
したがって、本書では革命の最高指導者であるフィデル・カストロを神格化したり、革命をカストロ個人の功績としたりすることはない。彼は植民地時代以来のさまざまな闘いの継承者として、歴史の教訓から学びつつ革命を成功に導いた人物として描かれている。
むしろ、本書で脱植民地化闘争の最大の指導者とされ、著作や言葉などが最も多く引用されているのは、1895年の第2次独立運動の指導者であり、「キューバ独立の父」と言われるホセ・マルティである。もちろん、マルティもスペイン植民地支配に抵抗した先住民アトゥエイや第1次独立戦争の指導者など、数多くの先駆者の闘いを引き継いだ人間であるという視点に変わりはない。しかし、彼は、その思想や活動だけではなく、生き様も含めて、「キューバ精神」とされている人物であり、その著作や行動はキューバ人にとってインスピレーションの源となっている。フィデル・カストロも「使徒マルティの弟子」であると言うほどのマルティの信奉者であり、その一挙手一投足がマルティに帰せられる。それほどマルティはキューバの人々にとって大きな重みを持っているということであろう。
本書ではまた、「マルクス・レーニン主義理論」を解説したり、歴史上の事件や人物を社会主義思想や社会主義イデオロギーの観点から評価するといった立場は取られていない。むしろ、歴史的出来事や人物について、なぜそのような事件や思想が成立したのか、それがいかなる歴史的意味を持ち、後世にいかなる影響を与えたのかなどを、それぞれの時代の歴史的条件の下で考察するという手法が取られている。
さらに、この教科書を読むとわかるように、生徒たちに語りかけるような、独特の「語り口」が取られている。これは教育とは、教師が「上から知識を与える」ものではないと考えるためである。教師と生徒、あるいは生徒同士のコミュニケーションや議論を通じて、あるいは、生徒自身が図書館で調べたり、直接、参考文献に当たったりすることにより、自分自身の考えを作り上げていくよう、さまざまな工夫がなされているのもそのためである。
このほか、各時代の人間の生活や文化や芸術などにも多くのスペースが割かれていること、全国の歴史と地方の歴史が相互作用の関係において叙述されていること、脱植民地化闘争や1959年の革命闘争における女性の果たした役割が大きく取り上げられていることなども特徴である。とくに最後の点について付け加えるならば、キューバでは革命直後からフィデル・カストロが中心となって女性の解放に積極的な取組が行なわれ、世界でも最も男女平等が進んだ国の1つとなったが、その背後にはこのような女性の闘いの歴史があったのである。
(…後略…)