目次
謝辞
凡例
序章
第一章 性差別と黒人女性奴隷の経験
第二章 奴隷制廃止後もおとしめられつづけた黒人女性像
第三章 家父長制という帝国主義
第四章 人種差別とフェミニズム――責任の問題
第五章 黒人女性とフェミニズム
訳注
監訳者あとがき
参考書目録
事項索引
人名索引
前書きなど
監訳者あとがき
本書は、bell hooks, Ain't I a Woman: Black Women and Feminism (Cambridge: South End Press, 1981)の全訳である。著者ベル・フックスは、著述家、批評家、社会活動家、教育者として、多岐にわたる精力的な活動を現在も続行中である。
ベル・フックスは、本名をグロリア・ジーン・ワトキンズ(Gloria Jean Watkins)という。フックスのシンボルマークとも言える、小文字で始まる筆名(bell hooks)は、母方の曾祖母の名前と母親のミドルネームを意識してつけられたという。小文字で始まることには、著者の名前よりも本の内容が重要であるという、著者フックスの主張が込められている。
フックスは、一九五二年に南部ケンタッキー州ホプキンズヴィルで生まれている。フックスが子ども時代を過ごしたアメリカ合衆国南部は、当時、日常生活のあらゆる場面で黒人と白人を分離する州法、いわゆるジム・クロウ法に支配されていた。加えて、フックスは十代のときに、父親が夫婦げんかの際に母親を銃で脅す場面を目撃している。こうした背景は、高校卒業後南部を出てカリフォルニア州の大学で学びはじめたフックスが、人種差別と性差別について深く考え、本にまとめることにつながった。本書の謝辞によれば、フックスは、原著が刊行される八年前に、本書のための調査・研究を始めたという。本書の構想は、フックスが大学で学んでいたころに遡ることになる。
(…中略…)
「女性」という集団が一枚岩ではないというフックスなどのフェミニストによる主張は、一九八〇年代以降に展開される、より広い意味での多文化主義の先駆けでもある。以後のフェミニズムは、ジェンダーを単独で考えるのではなく、人種・民族・階級・世代・性的指向などほかのさまざまな要因との関係性のなかで、そこに見られる差異と多様性に留意しつつとらえる方向へと展開して、現在に至っている。今日では、「女性」が一枚岩でないことや、ジェンダーを人種や階級などとの関係性のなかでとらえる必要性は、フェミニズムの学識において自明の理であると言えよう。このような学識をもたらした転換点に、ベル・フックスによる本書の出版があった。
以上に鑑みれば、原著の刊行から三〇年近くが経過した今、邦訳版として本書を上梓することには、フェミニストとしてのフックスの今なお色あせない知見を日本の読者に紹介することはもとより、フェミニスト理論の発展史のなかでベル・フックスが果たした役割を裏づける歴史資料としての本書を、日本の読者に紹介するという意味もある。こう考えれば、本書に見られる学術的な弱点もまた、歴史の産物であると見なすことができる。たとえば、本書の第一章において、フックスは「アフリカの文化」や「アフリカの女性」についての大雑把な語りを展開する。アフリカやアフリカ文化をあたかも一枚岩であるかのように語ることは、西洋的なアカデミズムが陥りがちな弱点として、今日では十分に認識されている。しかし、こうした本質主義が広く是正されていくのは、フックスによる原著の刊行と前後して、多文化主義やポストコロニアル論が興隆して以降のことである。本書は、多文化主義やポストコロニアル論の思潮が形をなす以前の、むしろ、これらの思潮を形づけることに貢献した著作なのである。
(…後略…)
二〇一〇年九月二七日 大類久恵