目次
はじめに
序論 戦後香港社会の転換期(志賀市子・芹澤知広・日野みどり・吉川雅之)
1 本研究の意義と本書の構成
2 戦後香港の政治・経済・社会
第1部 「読み・書き」とメディア
第1章 香港島市街区の識字率と識字層(吉川雅之)
1 はじめに
2 1948年の社会調査とその回答票
3 回答票の集計と分析
4 その後の識字率の上昇と識字層の属性
5 おわりに
第2章 戦後初期の「広東語文芸映画」(道上知弘)
1 はじめに
2 香港映画とその歴史
3 香港文藝片について
4 巴金原作の香港文藝片
5 語片の一時衰退
6 おわりに
第3章 劉以鬯「對倒」と1970年代の香港文学(西野由希子)
1 はじめに
2 劉以鬯の「對倒」
3 劉以鬯と也斯
4 香港文学史における1970年代
5 おわりに
第4章 アルコール飲料の新聞広告から見た香港社会の変化(芹澤知広)
1 はじめに
2 香港の新聞社と新聞広告の歴史
3 先行研究の検討とデータの概要
4 アルコール飲料の新聞広告の傾向
5 おわりに
第5章 広東語点字の表記法の改定(吉川雅之)
1 はじめに
2 点字教育と広東語点字
3 点字法の改定
4 改定の背景
5 おわりに
第2部 「読み・書き」と社会
第6章 1950〜60年代香港華人のナショナリズム——尊孔運動の興隆と衰退(志賀市子)
1 はじめに
2 香港の尊孔団体
3 戦後における尊孔運動の復興と興隆
4 戦後尊孔運動の思想と活動
5 戦後香港の中文教育と尊孔団体——「僑校」の教育を中心として
6 尊孔団体と中文公用語化運動
7 尊孔運動の衰退とその背景
8 おわりに
第7章 医療・衛生の現地化と香港アイデンティティの初期形成——1960〜70年代(帆刈浩之)
1 はじめに
2 戦後香港の医療・衛生環境
3 医薬広告にみるリテラシー
4 予防接種の普及——子どもの生存から教育へ
5 清潔運動の展開——「家」としての香港
6 おわりに
第8章 1974年の公用語条例改正と中文の使用(広江倫子・吉川雅之)
1 はじめに
2 中文公用語化運動概説
3 漸進的バイリンガル化と中文使用の実像——中文公用語化運動前史
4 1974年公用語条例改正と中文使用——中文公用語化運動の所産
5 おわりに
第9章 新青學社とその活動——雑誌『新青』を中心に(日野みどり)
1 はじめに
2 新青學社関連資料の全容
3 資料から読み取る新青學社の実態
4 おわりに——香港の社会変動と新青學社の時代的意義
組織名対照表(中文・英文・日本語)
索引
前書きなど
はじめに
本書は平成16〜18年度に行われた科学研究費補助金基盤研究(B)「香港におけるリテラシーの変遷と変異に関する社会言語学的研究」(課題番号16320048)の研究成果を発展させたものであり、所収の各論は序論を除き科研成果報告書(平成19年3月刊行)掲載論文に修正や補筆を行ったものである。
この共同研究では「リテラシー」を「識字」という伝統的な狭い意味に限局せず、「読み・書き」という言語活動全般、そして関連する諸現象までを広く射程に収めた用語として用い、戦後の香港で展開されていた「読み・書き」という言語活動の諸相とそれが生み出す諸現象を、多角的に指摘・分析・解明することを目指した。複雑かつ重層的な形態で現れることが予想される「読み・書き」の諸相や生み出される諸現象は、言語研究単独ではなく諸分野の研究者と協力することで、初めて精神や社会との結びつきにおいて適切な解釈を試みることができると考えたからである。そこで、言語学、文学、歴史学、人類学、民俗学、社会学、法学という人文科学と社会科学の諸分野の専門家で研究組織を構成し、かつ考察対象として取り上げる時期をなるべく互いに重ねることで、分野間の有機的な協力が実現するように努めた。
研究活動の過程では何点もの新資料を発見するという僥倖に恵まれたが、それと並行して、戦後の香港社会では19世紀以来のコロニアルな状態から私たちの見ている現代社会へと変質する転換期が、それぞれの分野に相前後しながら存在したという認識を共有するに至った。そのため、読者を戦後の香港史へといざなう目的で新たに書き下ろした序論を除き、本書所収の各論は「読み・書き」という言語活動の対象・所産もしくは関係する媒体や社会現象を切り口として、転換期あるいは転換期が存在した可能性を論じる内容となっている。
この現代社会への転換期は「現代香港のイメージ」の形成とも深い関わりを有しているため、転換期を論じることは現代香港のイメージの形成を問うことにもつながる。その意味で、本書は従来の香港像に対する再考をもその目的として有していると言えよう。既存の紋切り型の解釈を超えたい、無意識のうちに脳裏で醸成された虚像を覆したいと考えておられる方々に、新しいアイディアへとつながるものを提供するのが本書の役目である。香港最後の総督クリストファー・パッテン氏は、中国への返還が10日後に迫った1997年6月19日に行われた香港立法局での最後の質疑応答において「香港の成功は華人の成功であるが、私はその成功はイギリスとともにあったと考える」という主旨の発言をしている。これは香港が、中華というコンテクストとイギリスというコンテクストから成っているというオーソドックスな見解である。しかし、その先にまだ私たちが見ていないものがあるかもしれない。そして、再考を通じて読者各位と視野や課題、そして認識を共有することができれば執筆者一同これに勝る喜びはない。
最後に、刊行に尽力してくださった明石書店編集部の朽見太朗氏に、心より感謝を申し上げる。また所収の各論に対しては、科研成果報告書掲載と本書収録の二つの段階で、ともに編者が一字一句に至るまで校閲を行い、推敲に推敲を重ねている。よって、各論に何らかの誤謬が含まれているとすれば、それは各執筆者の責任であるとともに編者の責任でもあることをお断りしておきたい。
2009年9月1日 編者