目次
はじめに
1 ことばを読む
第1章 カンボジア? カンプチア? クメール?——カンボジア語が話されている地域
第2章 奥が深い文法——ことばのしくみ
第3章 カタカナ表記が難しいわけ——音と文字
第4章 日本でよみがえった国語辞典——語彙と辞書
第5章 お付き合いの秘訣——名前と呼び方
第6章 小さくともダイヤモンドの輝き——ことわざとなぞなぞ
第7章 ウサギの裁判官——人間社会を描く民話の数々
第8章 天界の喜びから農民の苦しみまで——古典文学と伝統詩
第9章 小説の誕生と復興——現代文学を取り巻く情勢
2 暮らしを知る
第10章 季節のリズム——モンスーンと生活
第11章 復活した信仰——内戦後の仏教の復興
第12章 多様な民族・多様な文化——民族と宗教
第13章 厄除けと占い——日常に残る民間信仰
第14章 暦を彩る祭り——休日と年中行事
第15章 家族のつながり方——婚姻と世帯
第16章 人生における二大儀礼——婚礼と葬儀
第17章 新しい命の誕生——出産を支える伝統文化
第18章 厳しい環境で育つ子どもたち——求められる保健と教育
第19章 布のマジック——衣服の変遷
第20章 自然をおいしく食べる——食生活の基本
第21章 土地に合わせて住む——住居と暮らし
3 歴史をたどる
第22章 カンボジアのはじまり——先史期からアンコール王朝の展開
第23章 祇園精舎への巡礼——アンコールのたどった歴史
第24章 歴代の王の記録 王の年代記——ポスト・アンコール期
第25章 王宮に凧を落としたら——伝統法に見る法原理
第26章 インドシナの枠組みの中で——フランス植民地期
第27章 平和の島、東洋のパリ——独立から内戦へ
第28章 革命の理想と現実——内戦から和平へ
第29章 削られた現代史——歴史教科書を巡る問題
4 社会を考える
第30章 紛争の終わりに向かって——体制転換と政党の創出
第31章 政治の安定を目指して——総選挙と憲法改正
第32章 誰をどう裁くのか——ポル・ポト政権崩壊後から四半世紀
第33章 隣国との微妙な関係——東南アジア諸国連合(アセアン)との関係
第34章 内戦が残した負の遺産——深刻な社会問題
第35章 住民が築く復興の礎——住民参加の地方行政
第36章 友好の架け橋となった人々——カンボジアとかかわった日本人
第37章 14年ぶりの故郷——難民流出から本国帰還まで
第38章 アイデンティティーの模索——海外で暮らすカンボジア人たち
第39章 本は贅沢品——読書の環境と出版事情
第40章 学校へ行こう——就学率と教育制度
5 芸術を楽しむ
第41章 世界遺産と共存する重荷——遺跡保護と地域住民
第42章 歴史に翻弄された美術品——世界に散ったアンコールの至宝
第43章 工夫をこらした楽の器——伝統楽器のつくり
第44章 社会を映し、社会に語る伝統歌謡——歌謡の維持と発展
第45章 みんなのうた——ポピュラー・ミュージックと人気歌手
第46章 動きの一つひとつがことば——古典舞踊と民俗舞踊
第47章 神に捧げる芝居——伝統芸能・大衆芸能
第48章 カンボジアの微笑み——現代演劇の試み
第49章 人気はホラーと感動もの——映画は人々が大好きな娯楽
第50章 遺跡と冒険の国——カンボジアを舞台にした映像
6 明日へつなぐ
第51章 市場経済化への道——国際社会への復帰後の経済概況
第52章 貧しさの度合い——貧困の特徴
第53章 米をつくる——農地の大部分が水田
第54章 メコン川の恵み——漁業を支える河川と湖
第55章 急成長する縫製業——唯一最大の製造業
第56章 世界に誇るシルク——受け継がれてきた織物文化
第57章 遺跡が直面する変化——観光によって変わる環境
第58章 日本橋ときずな橋——復興・開発と援助
第59章 難民キャンプからカンボジア国内へ——日本のNGOの活躍
第60章 読むことが一番たいせつ—カンボジア研究の始め方
前書きなど
はじめに
日本人がカンボジアに持つイメージ
森に埋もれ尖塔部分が彼方に見える神秘的なアンコール・ワット、樹木に絡みつかれ畏怖感をもたらしている巨大な四面の観世音菩薩の頭部が特徴的な遺跡の数々、戦火に逃げまどう人々や爆撃の様子を映し出す資料映像、髑髏の山や地雷で傷ついた人々に見られる戦争の傷跡、水田とヤシに囲まれた豊かな自然の中で戯れる子どもたちの屈託のない輝く瞳、あるいは満足に学校にも行けず、みすぼらしい身なりをした子どもたち。私たち日本人がイメージするカンボジアは、こういったものだろうか。実際に一般の大学生九五人を対象に、カンボジアに対するイメージのアンケート調査をしたところ、「アンコール遺跡」「貧困」「戦争」というキーワードが上位に挙がった。
一九九〇年代はじめから、カンボジアは政治情勢が安定し始め、それに伴い私たちにもたらされる情報量も増えてきたが、これらのイメージがその情報に影響されていることは否めないであろう。
たとえば一九九〇年代から現在までに地上波で放送されたテレビ番組で、カンボジアを扱ったものは五〇本以上に上るが、アンコール遺跡に関するものが最も多く、次いで内戦に明け暮れた現代史に関するもの、最近になってからは一般庶民の生活や伝統芸能を紹介した番組が見られるようになった。一方、市販されているカンボジアに関する書籍の分野では、「アンコール」をキーワードで検索すると一〇〇を超すタイトルがあり、また「カンボジア」で検索すると全体で二〇〇以上のタイトルが見つかる。その中でも内戦やポル・ポトを中心とした現代史に関する本が最多で、次に平和維持活動(PKO)参加のための自衛隊、国連ボランティア派遣、またNGO活動など援助に関する報告や体験記が多く見られ、さらにアンコール遺跡紹介を中心とするガイドブックや旅行記が続く。一般的な社会状況について取り上げたものもあるが、全体的に見ると書籍の分野は非常に偏っている。
カンボジアへの旅行を誘う、旅行会社が作成した観光ツアーのパンフレットを見てみよう。これらのパンフレットでは、「カンボジア」という国名がキャッチフレーズに出てくることはほとんどなく、アンコール遺跡が大きく扱われている。夕日に照らされた黒いシルエットのアンコール・ワット、「クメールの微笑」と名づけられたバイヨン寺院の四面仏、「東洋のモナリザ」とのキャプションがついたバンテアイ・スライの写真などが必ず掲載される。「アンコール」ということばには「神秘」「神々」「至宝」「悠久」「王朝」といった語彙が組み合わされている。二〇〇三年、日本カンボジア国交樹立五〇周年記念の一環としてアンコール・ワットで行われた雅楽師、東儀秀樹氏のコンサートも「神々の宴」と題され、そのパンフレットには「音色は神秘の世界へと導く」とある。旅行者にはお馴染みの『地球の歩き方』シリーズ(ダイヤモンド社)のカンボジア版もタイトルは「アンコール・ワットとカンボジア」で、遺跡名と国名が並列されている。
一九九〇年以降、カンボジアで活動しているNGO、NPO団体は非常に多く、正確にはその数を把握できない。その多くが戦争のためにダメージを受けたカンボジアの教育の普及活動にかかわる小学校建設や、安全な生活を取り戻すための地雷除去などを行っている。さらにイオン、オムロン、花王、大同生命、東芝、トヨタ、ドトールコーヒー、富士ゼロックス、三井住友銀行、ワタミなど、企業のCSR(企業の社会的責任)の一環として、NGO、NPO各団体のカンボジアでの活動を支援するところも多い。こういった活動も現在の日本とカンボジアをつなぐ一つの形である。
本書は、初めてカンボジアに関心を持った方々のための入門書である。すべての分野、刻々と変わる状況を網羅しているわけではないが、各章を通じて「イメージ通り」のカンボジアを確認したり、新しいイメージを発見していただければ幸いである。
本書ができあがるまでに多くの方のご協力をいただいた。写真は、執筆者以外の方々からもご提供いただき、特に山極小枝子さんにはお忙しい仕事の合間をぬって、編者の要望に応じ本書の完成まぎわまで撮影していただいた。また、図版掲載許可のために奔走してくださった王立プノンペン大学教官のカエプ・ソクンティアロアトさん、画像処理をしてくださった宮倉茂さんにも感謝の意を表したい。
二〇〇六年五月
上田広美
岡田知子