目次
日本語版によせて
序論
第1部 基本データ
第1章 主要な識別
1 プレスの体制
2 メディアの機能
3 メディアの形態
4 ニュースと娯楽
5 当事者
6 市場、法規、倫理
7 道徳観、メディア倫理、品質管理
第2章 原則と価値観
1 メディアの本質と効果
2 人間的価値観
3 表現の自由
4 通信する権利
5 メディアの価値基準
第2部 メディア倫理
第1章 倫理規定——類型と内容
1 具体的項目の分類
2 娯楽メディアのための倫理規定
3 倫理規定の解釈と実行
第2章 倫理規定における省略
1 合併と選別
2 加工と表現
3 社会の福祉
4 娯楽部門
5 広告の問題
第3章 倫理規定集
1 ジャーナリストの権利と義務に関する世界宣言
2 英国プレス苦情処理委員会の実施規定
3 ロシア・ジャーナリストの職業的品行規定
4 第三世界の倫理規定——インドの例 ジャーナリスト行動規範
5 『ウエスト・フランス』の倫理規定——犯罪と事故の報道に関して(抜粋)専門分野細則
第3部 品質管理
第1章 メディア・アカウンタビリティ制度(MAS)
1 参加者
2 基本的手段
3 特別な二つのMAS
第2章 批判と障害
1 批判
2 障害
追補 インターネット・ジャーナリズムにおける倫理とMAS
結び
訳者あとがき
参考文献
著者、訳者プロフィール
前書きなど
日本語版によせて
今日、グローバライゼーションは時代の波だ。それに対する抵抗も、格別に熾烈だ。そのグローバライゼーションについては、二点指摘されよう。第一は、そのものが、単なる今日的流行に過ぎないことだ。そもそもそれは、最初の人類がアフリカで生まれ、地球に広がった遠い昔に始まったのではないか。第二点は、それが禍福両面にわたる結果を生んでいることだ。
遺憾な伝統として、ジャーナリストはただ単に氷山の表面的な部分、つまり、抗議の投票や騒動、工場の閉鎖や失業者数など、現れた事象の一部しか報道しない。見るのは常に「半分空のコップ」だ[訳者注:悲観論者。「半分入っている」と見る楽観論の対比]。ヨーロッパの報道を見ると、グローバライゼーションは、まるで中世に蔓延したペストの大流行を思わせる。物的恩恵は人類のほとんどに行きわたったにしても、それは無視される。民主主義の普及も。そして、表現の自由の拡大も。
全体主義が、少なくとも独裁体制が地球の大部分を覆っていたのは、そう昔のことではない。これらの支配者は、権力を維持する武器としてプレスを利用した。その時、プレスには、自由も公共への奉仕も倫理もなかった。時代は変わった。本書がそのしるしでもある。ここで扱われている問題は「メディア倫理」だ。それは、「大衆に対する優れたメディア奉仕」を意味する。また「メディア・アカウンタビリティ制度」つまり「MAS(Media Accountability Systems)」を扱っている。それは、メディアに倫理的な諸規則を尊重させようとする手段方法だ。つまり、(倫理規定のような)文書であり、(メディア評論家のような)人物であり、(プレス評議会のような)団体であり、(メディア監査のような)即効的対応であり、(教育のような)長期的対応である。それら多様な手段は、次のような理念に収斂(しゅうれん)できる——すべてのMASの目標は、メディアのサービスを改善することであり、しかも非政府的組織によることだ。
本書は、予定を含めると、一五か国語を超す国々で出版されている。本書で提示されている要点は、デモクラシー社会においてニュース・メディアはどうあるべきか、またどのように貢献できるか、という点だが、それはいまや、地球上広く各地においてその正しさが実証されている。まさに朗報だ。
フランス人は好んで「文化的例外」を擁護する。それは、文化的創造は、自動車やバナナとは違うということを意味する。つまり、それらは、世界自由貿易市場の対象とするにはふさわしくないというのだ。フランス人は、社会の伝統や創造性が守られなければならない、と強調する。私はかつて、フランスのメディア人たちが、この例外はメディア倫理にも適用される、と主張するのを聞いたことがある。だが、そんなことはない。
少し前、メディア倫理とMASに役立つ総合的なウェブサイト(www.presscouncils.org)を立ち上げようとした時、私は新聞と放送の倫理規定を集めたが、それは四〇〇以上にもなった。これらの規定の長さはひどくまちまちだったし、すべてが細部にわたるわけでもなかった。長いものはジャーナリズム問題を多面的にとらえているが、短いものはそういかない。しかし、私が強く感じたのは、原則や基本的規則について、それらは変わるところがないということだった。その例外は、非デモクラシー政府によってプレスに押し付けられたものだけだった。
「アジア型」デモクラシー、あるいは「第三世界」のデモクラシーに対立する形での「西欧型」デモクラシーなどあり得ないことも、いまや明らかだと思う。「メディア倫理はメディア倫理であり、メディア倫理以外の何ものでもない」のだ。それは、国の違いや文化の違いとはなんの関係もなく、体制がデモクラシーでありさえすればよい。
本書は、すでにアメリカとギリシャ、ブラジルとポーランド、イタリアと韓国、といった多様な国々で同じように有用だと見られているが、そうした事実が、目覚しい前進を意味する。そしていま、世界の多くの国々で(近い将来、さらに多くの国で)、本書で述べられているトリオが受け入れられるようになったか、あるいは受容過程にある。トリオとは、良質なメディアを手にするための三重の条件、すなわち「自由市場」「国の規制」そして「倫理とMAS」だ。
その理由は、以下のように説明される——文明の生存はデモクラシーにかかっている。デモクラシーは必要な情報を入手出来る市民にかかっている。そこで、良質なメディア、すなわち「クオリティ・メディア」が絶対必要になる。そのクオリティ・メディアを手にするためには、自由市場と国の規制が不可欠になる。しかし、その二つは、どちらも自分たちだけではクオリティ・メディアは作れない。またどちらも大きな危険性を秘めている。それはソ連でも、またアメリカでも証明されている。一方、「倫理とMAS」は、いかなる場合でも危険を伴わないで、クオリティ・メディアの出現に大きな貢献を果たせるはずだ。もっと直截に言えば、われわれには、もはや別の選択肢はない。この三重体制に代わる道はないのだ。
これまでに、八〇種類を超すMASが、世界のあらゆるところで立案され、テストされてきた。だが、悲しいかな、それらは様々な抵抗にあっている。そこには、批判やアカウンタビリティに対するメディア人の敵意がある。そうした敵意の対象とされるMASには、幾世紀にもわたる闘いの後に手にした自由の制約とは似て非なるものがある。しかし、MASへの最大の障害は、それに対する無知だ。人々は大抵、メディア業界の内外にかかわらず、MASについて聞いたことがないか、あるいは不当な嫌悪を抱いていて、MASがなければ優れたメディア・サービスを期待出来ないことを知らない。そうした無知の大きな責任はメディア自体にある。メディアは新しいMASについて報道しないし、また、プレス評議会のような目につく少数のMASについては、報道してもその内容が偏っている。
そのためにも、このささやかな本が存在する。これは、メディア倫理に関する哲学的基礎知識、つまりアリストテレスからカントに至るような内容は扱っていない。記者や編集担当者が日常業務で直面する個々のディレンマも扱っていない。力を入れたのは、極めて混迷した現状を解消することだ。そのために、ニュース・メディアは何をなすべきか、遺憾な何をしてはならないか、それはなぜか、そして、最も重要なこととしては、どうしたらそれが実現出来るか——それらを総括している。それは、極めて単純明快で、実務的で簡潔なものだ。本書は初め、フランスの一般読者のため、数年前に書かれた。第二刷では、より国際化するとともに、目先の事件にとらわれ過ぎないように留意した。次いで同じ方針で英語版を著した。二〇〇四年以来、さらに多くの国々で出版が計画されたため、全面的なオーバーホールに手を付け、常時新しい事実を加え、訂正、削除、追加などをほどこした。二〇〇五年中には、この日本語訳書のほか、中国、韓国でも出版の予定だ。本書は、メディア倫理を時代に沿った地球的な視野をもって総括した書籍の一つと見なされるようになった。それは、例えばアメリカの書籍のように、もっぱら自国の読者層を想定している多くの出版物と違う点かもしれない。
一番の独自性は、MASの概念の紹介にある。それは、単なるメディアの自主規制ではなく、大衆が参加したメディア・アカウンタビリティだ。また、メディアやジャーナリストが、市民によりよく奉仕するために非政府的な手段方法を活用することであり、いまやそのための手段も、それに対する理解も広がりつつある。だが、不幸なことに、その広がりは必ずしもそう速くない。また、メディアの内外で、また世界の多くの地域で、あまりにも多くの人々の理解が欠けている。そこで、本書は、良質なメディア(クオリティ・メディア)のサービスのために、ひいてはデモクラシーのために、そしてさらには人類の福祉のために、まだまだ果たすべき役割を持っているといえよう。
本書を読まれたあと、さらに深く「実践的な倫理」、つまり「メディア・アカウンタビリティ制度」を知りたい読者は、『世界のメディア・アカウンタビリティ制度——デモクラシーを守る七つ道具』(明石書店)を読まれるとよい。学究的専門家が、主要なMAS(プレス評議会、オンブズマン、ジャーナリズム評論誌など)に関する理論と歴史を提供し、また、なんらかのMASを設定したり運用したりした経験者が、実務体験を詳述している。さらに、英国から日本、あるいはスウェーデンからイスラエルに至るまでの大小様々なデモクラシー国家におけるMASの現状を紹介している。
二〇〇五年八月 クロード-ジャン・ベルトラン