目次
はじめに
第1部 楽曲の表現とその理論
1−1 楽音と楽曲はちがう──情報から楽曲を考察する
1−2 楽曲として認知できる音──メロディの長さと曲想
1−3 コミュニケーション・メディアとしての言語と楽曲の特徴
1−4 記号としての言語理論──楽曲の記号理論の構築にむけて
1−5 楽曲の理論──モリスの記号論からの構築
1−6 楽想と曲想,楽節と楽段,楽曲──メロディ・パターンとイメージの形成
第2部 楽曲の認知心理学
2−1 楽曲聴取にかんする神経心理学的機序──脳幹聴性反応からの展望
2−2 大脳皮質と楽曲の聴取──脳波,断層写真からの考察
2−3 楽曲の情緒とその認知
2−4 脳波と楽曲の認知──覚醒水準と頭皮の電位分布
2−5 リズムと楽曲の認知──聴覚障害児の聴能をそだてる楽曲
2−6 楽曲の記憶と想起──楽節と曲想,ピッチ・パターンの識別
あとがき
付録 参考文献/索引
前書きなど
(「はじめに」より。前段略)
本書はこのような経過をへて執筆され,内容は,認知心理学から楽曲にアプローチした理論(第1部)と,そのような理論を発想させた心理学的研究の紹介(第2部)とで構成されている。
第1部で論述した内容は,私たちがこの本の執筆に着手した当初からすれば「想定外」の理論となった。1−1章で述べた楽音と楽曲をちがった記号としてあつかうべきであるという知見は,当初からのもくろみであった。また,サイン(合図)としての音楽と楽曲のちがいを規定できないかぎり,楽音と楽曲のちがいも不明瞭であると考え,1−2章の内容も想定していた。しかし,1−3章から1−6章までは,おぼろげながら書くことになるだろうとは思っていたが,言語理論,それも生成文法と関連した内容になるとは,はっきりと意識していなかった。そこに踏みこませたのが「曲想」ということばである。
「曲想」ということばを聞いてから30年以上にもなる。しかし,その意味がこれほどまでにばくぜんとしたものであることを知ったのは,本書を執筆しはじめてからである。「曲想」とはようするに,『広辞苑』にはあるが音楽辞典に
ないことばなのである。それにもかかわらず,数多くの心理学的研究が曲想をパラメータとして展開されており,それらの研究者に直接尋ねることもした。その結果,「曲想」をテーマにした1−6章が理解しやすくなるように,すでに書いていた1−1章から1−3章の論理構成を,1−6章の前段としての色彩をつよめて組み替えることになった。そのため第1部では,論理展開はもちろんのこと,適切な楽曲を例にあげることに注意をはらった。その結果,まったく新しい音楽理論を書きあげることができたと思う。具体的な楽曲を例にあげることで,異論を提起される可能性が高くなることを覚悟しながら執筆したが,第2部で紹介した心理学的研究における知見と整合した理論を構築できたと考えている。
これまでの心理学的研究の多くは,観察される行動にもとづいた行動主義的なものである。それに対し第2部では,どちらかといえば神経心理学的な研究を多く紹介し,それらの知見と行動主義的研究を整合させて記述した。2−1章と2−2章では,楽音と楽曲を聴取する大脳のメカニズムを,神経心理学的な研究と対たい峙じ させて記述した。2−3章では,第1部で提案した楽曲が表現する情報にかんする心理学的研究とそこで残された課題を紹介し,それにたいする私たちの提言を記述した。2−4章では,2−3章で述べた心理学的事項に関連した神
4経心理学的研究を多くの図をまじえて紹介し,第1部で論述した楽曲として規定できるメロディの長さなどに関連したデータを紹介した。2−5章では,私たちがこれまでにおこなった心理学的研究を紹介し,リズム・パターンによって楽曲を識別できることと,ピアノや太鼓で演奏した楽曲を聴覚障害児が識別できることを,データを付記して説明した。2−6章では,楽節によって楽曲を識別できるというメカニズムについておこなった3つの研究を紹介し,楽節が音響的信号として機能することに言及した。
この本は,心理学を学ぶ人にとっては入門書であるが,音楽理論に関心をもつ人にとっては,心理学を展開するために必要な理論を構築したまったく新しい理論になっていると思う。いわば,音楽を人間サイドからみた理論を展開できたと考えている。