目次
第1章 ル・チリソビレ
第2章 南方春菊
第3章 陽炎の道
第4章 雨期の彼方へ
前書きなど
生きている者が死者に向かってできるのは、悼むこと、一途に悼み続けること以外にはない。その一事によってのみ、死者は生者の乏しい記憶の中に二次的に生きる。そのありようは、戦死者において特に顕著といえよう。戦の勝敗、生存中の階級や役割、功績や失態、死亡時の場所や状況など、生前の諸事の相違は基本的にはいっさい関係なく、勇者であろうとなかろうと、戦死者は戦死者であるが故に悼まれ、祀られる。
一方、生き残った元戦士たちの場合はそうはいかない。(中略)
敗戦と同時に数多く生まれた生還者、復員兵の胸底に潜んでいったであろうアンチ・ヒーローのコンプレックスの中にこそ、あの戦争が生み出したもう一幕の暗黒劇があり、そのどこか歪んだ傾斜の上をにぎにぎしい戦後が滑っていった。そんな思いもする。
(小説「モンタルバン」連載を終えて「熊本日々新聞」二〇一三年十一月四日より)