紹介
プロテスタントの影響が強く残る北部ネーデルラント/オランダでは、教会など宗教施設に礼拝のための宗教画が飾られることはなくなり、壁は白いままであった。イコノクラスムは芸術にも深刻な影響を与えることになる。イコノクラスム以降も宗教画は描かれたが、それらは礼拝のためではなく、美的な対象として、つまり美術愛好家のコレクションのためのものであった。その一方で、風景画、静物画、風俗画といった絵画ジャンルが大きく伸びていくことになった。一七世紀オランダ絵画の誕生である。こうした絵の中にはまったく名前すら伝わっていない市民たちが登場している。彼らは、特定のモデルを描いた肖像画ばかりでなく、市場や住宅、居酒屋などをあつかったさまざまな風俗画に描かれている。一七世紀まで日常の営みが絵に描かれなかったわけでは、もちろんない。決定的に異なるのは、この時代のオランダ美術においてはじめて、日常のありさまが描かれるだけで絵として成立したことでる。つまり、これ以前の絵画に日常的な場面が描かれていても、「聖家族」など宗教主題の点景にすぎず、それ自体で主題として自立しているわけではなかったのである。こうしたオランダ絵画が受容者(消費者)の手に届くようになるには、それまでとは比較にならないくらい美術市場の役割が重要になってくる。需給関係ばかりでなく、社会関係資本(信用関係)に立脚した広義の市場は、芸術家の自由を束縛することになるが、その一方で競争によって近代芸術家にとって最大級の価値ともいえる独創性を生みだす「場」となったのである。
目次
プロローグ ネーデルラント美術の魅力 尾崎彰宏
第1章 《ヘント祭壇画》の不思議──ファン・エイクの新しい絵画世界 元木幸一
第2章 救いへといたる道、あるいは宮廷的なイメージの戯れ──《虚栄と救済の多翼画》に見るハンス・メムリンクの創意 今井澄子
第3章 神の視線が意味するもの──婚礼画としての《快楽の園》 木川弘美
第4章 ヤン・ホッサールトの《聖母を素描する聖ルカ》──画家の矜持と絵画的戦略 寺門臨太郎
第5章 ヘンドリック・ホルツィウス《ダナエ》──ホッサールトの「視覚」からホルツィウスの「感性」へ 尾崎彰
第6章 ヤン・ブリューゲル(父)の〈四大元素〉シリーズ──《火の寓意》をめぐる一考察 廣川暁生
第7章 ヨハネス・フェルメール《音楽の稽古》──ハブリエル・メツーとの芸術的対話をめぐる考察 青野純子
エピローグ ネーデルラント美術の輝き──解題にかえて 尾崎彰宏
註
あとがき
人名索引