目次
はじめに
Ⅰ 現代スペインの起源
1 スペインの歴史的起源
2 アンダルスと最初のキリスト教諸国(8世紀‐12世紀)
3 キリスト教諸国の拡大と危機(13世紀‐15世紀)
4 カトリック両王とアメリカの征服
5 スペイン帝国の興亡(16世紀‐17世紀)
6 18世紀のスペインとブルボン朝の改革
Ⅱ 19世紀のスペイン
7 旧体制の危機(1808‐1833)
8 自由主義国家の形成(1833‐1874)
9 農業の変化と工業の発展(1833‐1930)
10 19世紀の社会と社会運動
11 王政復古期(1875‐1902)
Ⅲ 20世紀のスペイン
12 王政復古体制の危機(1902‐1931)
13 第二共和政(1931‐1936)
14 スペイン内戦(1936‐1939)
15 フランコ体制――長い戦後(1939‐1959)
16 フランコ体制――経済発展と社会変容(1959‐1975)
17 体制移行と民主主義のスペイン(1975‐1996)
監訳者あとがき
前書きなど
巻訳者あとがき
○スペインの後期中等教育と自国史教科書
本書は、スペインの「後期中等教育課程(バチリェラート)」で用いられている自国史教科書である(J. Arostegui Sanchez; M. Garcia Sebastian; C. Gatell Arimont; J. Palafox Gamir; M. Risques Corbella: Crisol. Historia. Bachillerato. Segundo Curso, Editorial Vicens-Vives, Barcelona, 1.a edicion, 2003, 5.a reimpresion, 2008)。後述するように、スペインの現行教育制度は2006年5月に制定された「教育組織法(通称LOE)」に基づいているが、10年間の義務教育終了後に、高等教育などへの進学をめざす子ども(16~18歳)が学ぶのが2年制のバチリェラートである。そして同課程の2年次には「スペインの歴史」学習が組まれており、ここで用いられる教科書のひとつが本書「クリソル」ということになる。
(…中略…)
本書「クリソル」の特徴
わが国でスペインの歴史教科書が翻訳紹介されるのは、本書が二度目である。読者諸氏は、できれば1979年に本国で出版され、1980年に邦訳されたフーリオ・バルデオン他著『スペイン その人々の歴史』と本書を見比べていただきたい。民主化移行期に入ったとはいえ、長きにわたるフランコ独裁体制を払拭しえなかった段階の歴史教科書と、本書「クリソル」を比べてみると、前者は網羅的な事実の列挙というスタイルを採っており、いわば暗記主義的傾向が強い。さらに「キリスト教スペイン」とか「世界国家スペイン」という章立てに端的に表れているように、キリスト教と帝国というナショナルカトリシズムの影響を引きずっている。
それに対して本書は、子供たちの分析的・批判的な思考を形成すべく、多様な資料の分析と解釈を学習課題として設定していることが明白である。とくに「まとめと復習」では、同じ出来事に対する同時代人や歴史家たちの違った見方を紹介して、「歴史を考える」という姿勢をつらぬいているのである。こうした本書のスタンスは、「はじめに」に的確にまとめられているので、ここで繰り返す必要はないだろう。
本書の特徴をもうひとつあげておきたい。それは、近現代の歴史に重点をおいていることである。これもバルデオン他著の時代区分との大きな違いである。本書は3部(第1部「現代スペインの起源」、第2部「19世紀のスペイン」、第3部「20世紀のスペイン」)に分かれているが、19・20世紀の部分がおおよそ3分の2を占めているのである。
わが国の高等学校の歴史教育では古代から現代までが均等に教えられていて、学年末になって20世紀の歴史の扱いがおざなりになってしまうという話をよく耳にする。歴史研究者の立場からは、古代であれ中世であれ、近代であれ現代であれ、同等の学術的重み(歴史学の対象としての重み)をもつことは言うまでもない。しかし、中等教育の段階の歴史教育は、総じて「現代世界への理解を深める」という方向に進むべきではないかと私は考えている。そうした意味で、本書「クリソル」が、わが国の自国史教育についての省察の材料になることを期待したい。
(…後略…)