目次
序章 本書の視点――なぜ「複合的困難」から子ども虐待問題を分析するのか(松本伊智朗)
第I部 子ども・家族が直面する困難の諸相と複合的性格
第1章 子ども・家族が直面する複合的困難――調査対象事例の概況(松本伊智朗)
第2章 虐待の重症度と生活困難との関連(畑千鶴乃)
○私のひとこと 地域での暮らしを支える児童相談所と機関の存在(畑千鶴乃)
第II部 家族の構造的不利と脆弱性
第3章 子ども虐待と家族関係――母親の家族内における立場に注目して(中澤香織)
○私のひとこと 結婚の「かたち」(中澤香織)
第4章 複合的な困難という視点からみる虐待と障害(藤原里佐)
○私のひとこと 家族の「弱さ」を支える強さ(藤原里佐)
第III部 早期の介入と支援
第5章 養育者がメンタルヘルス問題を抱える虐待家族への支援(澤田いずみ)
○私のひとこと 精神障害である人の子育て支援(澤田いずみ)
第6章 就学前児童の虐待の現状と保育機関の役割――5歳事例を対象として(品川ひろみ)
○私のひとこと 保育機関の可能性と保育者の役割(品川ひろみ)
第7章 学童の虐待の現状と学校の役割(戸田まり)
○私のひとこと 学校に何を求めるか(戸田まり)
第IV部 長期にわたる支援と「自立」
第8章 被虐待児の教育機会と社会的自立(大澤真平)
○私のひとこと 教育を通じて不利の鎖を断ち切るために(大澤真平)
第9章 養育環境と児童養護施設入所決定の判断――ネグレクトを中心に(栗山隆)
○私のひとこと 子どもの虐待問題と児童相談所の苦悩(栗山隆)
第10章 終結の判断――ネグレクト事例の分析(横山登志子)
○私のひとこと ネットワーキングに関するさし迫った実践課題(横山登志子)
○私のひとこと 子どもの事情(前田絵梨奈)
おわりに(松本伊智朗)
執筆者紹介
前書きなど
序章 本書の視点――なぜ「複合的困難」から子ども虐待問題を分析するのか(松本伊智朗)
1 本書の成り立ちと目的
筆者を代表とする研究グループは、平成20・21年度厚生労働科学研究により、北海道内の児童相談所における虐待受理事例を広範に分析する機会を得た。本書の目的は、この研究結果に基づいて、子ども虐待問題および被虐待児の自立過程における複合的困難の構造を実証的に明らかにし、より包括的な社会的支援のあり方を検討することである。議論を始めるにあたって、研究の開始時点で研究グループにおいて共有されていた問題関心を確認しておきたい。以下に示すのは、厚生労働大臣あてに提出した研究費申請書の冒頭である。
(…略…)
2 本研究の特徴
本研究の方法と分析視角の特徴について、3点に整理しておきたい。第1に、多角的かつ詳細な分析に耐えうる、調査データの総合性である。詳細は後述するが、本研究が分析対象とするのは、特定の年齢に限定しているものの、ある年度の北海道全体の児童相談所における虐待受理事例の悉皆調査である。また情報を特定の時点(たとえば受理時)に限定せず、問題の発生時から受理後5年時点までを含むことで、動態的な分析が可能になる。さらに子どもと家族に関する情報の範囲は、「主な虐待者」と「被虐待児」、かつ「虐待の直接的要因」に限定されておらず、家族構成員と家族を取り巻く社会関係を含み、健康状態、生活状況など広範囲に及ぶ。この点は後述する「複合的困難」という分析視角を可能にしている。
第2に、研究上の専門領域が異なる研究者が、共通の調査データをそれぞれの立場から分析、検討するという形式をとっていることである。一般に、単一の調査結果を分析する場合は、同じ専門領域で研究グループが構成されることが多い。また専門領域が異なる研究者による論文集は、使用する資料がそれぞれ異なることが多い。本書の執筆者は、貧困研究、精神保健・看護、保育研究、発達心理学、ソーシャルワーク論、子ども家族福祉論、ジェンダー研究、障害学など多様な研究上のディシプリンを持つもので構成されているが、こうした研究者集団が共通の調査データを使用して議論を提起する研究は、管見の限りでは多くない。この点も、全体で共有している「複合的困難」という分析視角と深く関わっている。
第3に、子ども虐待問題を「複合的困難」という観点から分析し、理解しようとする点である。この点は次節でやや詳しく述べたい。
(…後略…)