目次
まえがき
I 過渡期の政治情勢
第1章 誇りと不安が併存する経済大国――その現在と未来
第2章 しぼむ「和諧社会」構想と「権貴階層」の出現――激増する集団抗議事件
第3章 胡錦濤政権から第五世代へ――ニューリーダー習近平・李克強の登場
第4章 共産党独裁の内実――権力集中と「人治」が生む弊害
第5章 増大する軍事力――共産党体制維持の要としての人民解放軍
第6章 実現しない基層組織の民主化――名乗りあげる独立系候補
第7章 一党支配体制を死守する政治――貫徹される「党の指導」原則
第8章 出口の見えない少数民族問題――混迷続くチベットと新疆ウイグル
第9章 論議呼ぶ人権問題――根本的な解決にほど遠く
第10章 腐敗・汚職の蔓延――中国共産党の永遠の悩み
第11章 変化する情報空間とその管理――試される党の執政能力
II 経済・社会の動きと直面する課題
第12章 世界第2位の経済大国へ――「G2」として問われる世界経済への責任
第13章 グローバル金融危機と政策対応――露呈した経済・産業構造転換の必要性
第14章 「央企」と「国進民退」――「国家資本主義」の道を突き進むのか?
第15章 外資の対中投資の変化――期待されるサービス産業の潜在性とリスク
第16章 世界一の外資準備と対外投資――「走出去」の実像
第17章 金融システム市場化の課題――人民元自由化の前提となる金融改革
第18章 対外開放と地域振興――外資誘致からテーマ別の地域戦略へ
第19章 後手に回る民生問題――行き過ぎた改革の是正から基本的人権の尊重へ
第20章 夢と現実の間で揺れる中産階層――拡大する中間層の困難
第21章 資産「バブル」の行方――不動産価格の高騰に潜む本当のリスク
第22章 拡大する格差――国有企業改革に端を発する悪性の格差
第23章 安定のカギ握る三農問題――都市と農村を隔てる壁
第24章 政府も頭を抱える大学生の就職難――激増する大学卒業生
第25章 経済発展を左右する人口問題の難点――到来必至の高齢化社会
第26章 エネルギー・環境・水――急速な経済成長で国際問題化
第27章 社会を揺るがす食品安全問題――高まる消費者意識
第28章 自主創新と知財侵害――横行する模倣品と攻撃的な知財戦略
第29章 日中経済関係――頼みは安価な労働力から旺盛な購買力へ
III 大国外交と一国二制度
第30章 したたかな外交戦略――「全方位」で安定した国際環境を確保へ
第31章 対立と協調の米中関係――アジア太平洋での影響力争い激化
第32章 安定しない日中関係――募る庶民レベルの相互不信
第33章 連携強める中露関係――対米、エネルギーで協力するパートナー
第34章 存在感高める上海協力機構――中露を中核に超大国・米国を牽制
第35章 朝鮮半島との微妙な関係――「金正恩体制」発足で中朝に漂う不透明感
第36章 試練の対ASEAN外交――深まる経済関係と領有争いが続く南シナ海
第37章 攻めの対アフリカ外交――多極化戦略と資源獲得で関係緊密化
第38章 転換期の中台関係――経済は緊密化加速、次は政治対話?
第39章 台湾の内政・外交・経済――国民党の馬英九総統の再選と台湾自立化の行方
第40章 香港とマカオ――中国本土との共存共栄の道を探る特別行政区
前書きなど
まえがき
本書は2008年8月に刊行した『現代中国を知るための50章【第3版】』を全面的に書き改め、『現代中国を知るための40章【第4版】』として出版する運びとなった。第2版から第3版の5年間に比べ、わずか3年余を置いての改訂となった。
それだけ中国情勢の変化が早かったということもある。だが、それだけではない。2002年以来、中国共産党の第四世代のリーダーとして中国を率いてきた胡錦濤総書記の、総書記としての2期目の任期が2012年秋に切れる。政権の閉幕を前に、胡政権の成果と限界が次第に明らかとなり、次期政権の方向性も見えてきた。そこで、胡錦濤時代の総括としての第4版を送り出すべきではないかと考えたのである。
天安門事件(1989年6月)の混乱によって、ほかに選択肢がないという形で急きょ、総書記に抜擢された前任者の江沢民とは違って、胡錦濤は、改革・開放路線が本格的に導入された1980年代から将来の指導者として育てられ、改革・開放路線の「総設計師」、トウ小平からの指名を受けて就任した。つなぎの起用と見られた江沢民が予想外に長く総書記として君臨し、閉塞感もあるなかでの就任で、気鋭の第四世代の指導者として、内外から大きな期待感をもって迎えられた。
胡錦濤に与えられた課題は、21世紀の大国を目指す中国の一層の発展とともに、発展のなかで生まれた社会、経済、さらには政治のひずみを調整し、安定した発展の道に中国を導くことであった。胡錦濤自身、総書記としての在任中、前後2回の党大会で、「和諧社会(調和の取れた社会)」建設と「科学的発展観」という二つの彼自身の思想を党の規約のなかに盛り込み、その実現に向けて動き出した。
(…中略…)
第4版では、第1章、第2章を読んでいただければわかるように、「和諧社会」建設は遅々として進んでいないと指摘している。地方政府の横暴、住民無視の大型建設プロジェクト、官僚の腐敗・不正など様々な問題をめぐって、デモや暴動などの集団抗議事件が頻発している。「和諧社会」建設のシンボル、高速鉄道の「和諧号」が、高速鉄道網整備のハイライトだった北京上海間の開通後まもなく、温州市郊外で追突事故を起こした。安全よりも発展速度、対外宣伝を重視し過ぎたあまり、「和諧社会」建設や「科学的発展観」の挫折を象徴するような事故だった。
和諧社会建設が進まないのは、市場化社会、多元化社会に対応した、和諧社会建設の基礎となる利害調整のメカニズムが確立されていないためだ。矛盾、対立が未解決のまま、権利の主張の道が閉ざされている弱者グループが結局、無許可のデモや暴動によってうっぷんを晴らすという事件につながっている。
「和諧社会」建設挫折の背景としては、その担い手たるべき「中間階層」が拡大せず、むしろ権力と財力、知力が野合した「権貴階層」がますます力を持ち、利害調整のメカニズムによらず、力によって集団抗議事件を抑え込もうとする動きが目立つ。次期政権を担うのは確実の習近平・国家副主席、李克強・常務副首相ら第五世代の指導者が胡錦濤以上のイニシアチブを発揮するとは思えない。
もっとも、中国におけるデモや暴動の発生は、地域的な、侵害された権利の回復などを求める事件であって、2011年、中東でドミノ的に発生し政権転覆につながった「ジャスミン革命」の政権打倒運動とはまったく性質のことなった動きだ。中国の経済成長は欧州の経済危機に救援を申し出るほどの勢いにある。
2010年度のノーベル平和賞を受賞した劉暁波は、日本では反体制派のシンボルのように受け止められているが、彼自身、「国家政権転覆扇動罪」の裁判のなかで「私が表明してきた中国政治改革の観点は、一貫して漸進的・平和的なものであり、秩序があり、コントロール可能なものであった。私が一貫して反対してきたのは、一度で目標を達成しようとする急進的改革であり、いわんや暴力革命に反対してきた」(矢吹晋訳「自己弁明」、『劉暁波と中国民主化のゆくえ』資料編に収録・花伝社)と述べているように、非暴力主義者であり、漸進改革派である。獄中にあって授賞式に出席できず、代読された裁判の最終陳述でも「周知のように、改革・開放は国家の発展と社会の変化をもたらした。私の見るところ、改革・開放は毛沢東時代の『階級闘争を要とする』執政方針を放棄するところから始まり、転じて経済発展と社会の調和に努力するものだ」(矢吹訳、同)との立場を表明している。
(…中略…)
大衆の抗議活動に対する現政権の力による抑え込みはますます国内の矛盾、対立を高め、安定を損なうだろうし、また国際社会からの民主化、人権問題に対する圧力が一段と高まるだろう。これに対し、中国共産党は2011年の党第17期中央委員会第6回全体会議(17期6中全会)で、文化強国を目指す決議を採択した。文化の安全を強調し、外部からの民主化思想などの流入を防ぎ、中国のソフトパワーを高め、中国イメージを改善しようという戦略だ。それは進め方によって、国際社会との軋轢を高めることになろう。残念ながら、世界第2位の規模の経済力を身に付けた文字通りの大国だが、大国としての責任力、包容力を備えておらず、外部からの批判には耳を貸さず、過剰な自己防衛反応さえ引き起こす。
第3版の「まえがき」では以下のように書いた。
「本書では、中国の脆弱なポイントが数多く紹介されている。それは中国をあげつらうためでも、中国崩壊論を説こうとしているわけでもない。中国の問題点をしっかり理解することで、中国との共生を図る道を探ることが可能になると考えるからだ」
第4版の内容は第3版と比較して、中国の政権に対して、一段と手厳しい内容になっている。だが、第3版の「まえがき」の立場と変わっていない。中国自身が「和諧社会」建設や「科学的発展観」を、より現実的に実現する道を歩んでもらいたいと望むばかりである。
世界最大の発展途上国から、大国への道を歩んできた中国。しかし、第25章で明らかにしているように、10年後、20年後には高齢化社会に突入するのは必至であり、経済成長が壁にぶち当たることになる。それまでに社会保障制度をはじめとした和諧社会建設が実現できているかどうかによって、国内政治も、対外関係も大きく変動することになるだろう。隣りの大国の今後はますます眼が離せない。
(…後略…)