目次
まえがき
謝辞
日本語版に寄せて
略語一覧
第1章 挑戦状――「恐竜」
要約
経験
旅の始まり(2008年)
主題横断的な大規模質問票調査とは何か
質問票調査の偏重(1983年)
調査の奴隷(1983年)
再検討と反省(2008年)
大規模調査の種類
持続性、進化、抵抗
質問票、複雑性そして参加
第2章 農村開発観光――気づかれない貧困
要約
発端と根拠(2008年)
見えない農村の貧困(1983年)
都会の罠
農村開発観光
気づかれない農村の貧困――6つの偏り
見えざる人たち知られざる人たち
偏りを振り返る(2008年)
場所の偏り
プロジェクトへの偏り
接触する相手の偏り
季節の偏り
外交辞令による偏りから貧困への偏りへ
専門分野への偏り
安全性の偏り
都市への偏り?
結論
第3章 微小環境――見過ごされているものを観察する
要約
見過ごされた微小環境(1990年)
複雑性と多様性の軽視
研究と実験の場
現地視察
短期的視野
単なる無知
生計手段
見過ごされている微小環境
微小環境の特性
特化
集積
保護
多様性と複雑性
栄養と健康
蓄えと頼みの綱
出稼ぎを抑制
革新、実験、そして適応
誰の知識と創造力が重要か?
1990年代の行動
さらなる観察(2008年)
第4章 速成農村調査法――起源、理論、そしてレパートリー
要約
間違いと日和見主義――ある人のつまずき(2008年)
RRAの出現
速成農村調査法――その原理とレパートリー(1980年)
問題
速くて汚い
長くて汚い
程々に速く程々にきれい
RRAのレパートリーから始めよう
結論
追記(2008年)
付録――出典、アプローチ、そして手法
第5章 PRA――たどってきた道、実践、そして原則
要約
実践――何が起こったのか?
主体的参加型農村調査法
PRAとPLAの発展
ワクワクさせるアハ!体験
普及と適用
同時に起きた参加型方法論の進化の潮流
原則――実践からの理論
ふるまい、態度、考え方――行動の指針
手法――目に見えるもの、手で触れられるもの、そしてグループ
共有、多元主義、そして多様性
PRA、ブランド、そして境界を超えて
第6章 誰の数か?――参加と数値化
要約
序説
量的なアプローチから得たもの
古典的な質と量の補完関係を超えて
参加型の数値化の形態
参加型の手法、応用そして活動
参加型の数値化を大規模に行う
参加型調査
フォーカスグループからの集計
参加型財産ランキングと豊かさグルーピング
貧困――比較と共通の尺度
国家統計の作成
誰の数?
政策立案のための参加型影響評価(PIA)
参加型モニタリング評価とエンパワーメント
参加型の統計、エンパワーメントと政策への影響
世の中で最高のもの?
妥当性と信頼性
微妙な問題への洞察
政策的に重要な予期せぬ発見
パワーと逆転、そして学び
質問票の代わりとなるもの
方法論上のチャレンジ
将来
第7章 誰の空間?――マッピング、パワーと倫理
要約
参加型マッピングの起源と歴史
地面や紙を使ったマッピング
適用範囲と用途
空間情報技術と参加型GIS
媒体とプロセス
地図とリアリティとパワー
コミュニティー内の力関係とリアリティ
国家地図、対抗地図とそれらの組み合わせ
ファシリテーション、ふるまい、態度と倫理
倫理――「誰が?」そして「誰の?」という質問
「誰が?」そして「誰の?」という質問
結論
第8章 罠と解放
要約
背景と課題――連絡を絶やさず、情報をアップデートし続けるために
ジュラシック・トラップからの脱出――恐竜に代わるもの
都市の罠から新型ブラックホールへ
ブラックホールから抜け出す――偏りを打ち破る楽しみ
顔を合わせて学ぶ
チームで行うリアリティチェック
総参加での調査
寝食を共にする沈潜
聞くことと貧困の中で暮らす人たちのライフストーリー
どのように解放するかを学ぶ
誰の罠なのか? 誰の解放なのか? 倫理の問題
力の逆説――貧困削減の専門家のための逆転
第9章 参加型手法――変化を促す原動力
要約
これまでの旅路
方法論的な多様性と多元性
暗黙かつ共鳴している理論
パラダイム――モノから人へ
自己組織化するシステム――カオス、複雑性と創発
多元主義――折衷的に、多目的に、そして創造的に
転換の可能性――変化への動力源としての参加型手法とそれらのファシリテーション
潜在的可能性に気づくにあたって障壁となるもの
経験から学んだこと、これからの道
1 個人の領域――革新者、ファシリテーター、普及者
2 創造性のための時間と空間
3 方法論的な多様性――レパートリーを充実させる
4 資金提供者
5 総合大学およびカレッジでの教授方法を変える
6 経験学習、内省的な振り返り、そしてブレーンストーミング
7 組み合わせと順序――個人、組織、専門性において
しめくくり――明確なビジョンを持った現実主義
チェンバースの革命は終わらない――日本語版解説(佐藤寛)
参照文献
前書きなど
チェンバースの革命は終わらない――日本語版解説(佐藤寛:アジア経済研究所)
(…前略…)
本書の構成
本書は、質問票調査への疑問に始まり、参加型メソドロジー群(PM)についての考察に至る9章によって構成されている。旅の出発点は「質問票調査」であった(第1章「挑戦状」)。彼は1970年代初頭のケニアで開発に関わる調査を開始し、スリランカとタミルナドゥで稲作技術の改善に関わるプロジェクトに従事する。その中で自分が関わったプロジェクトのデータの「適切さ」について疑いを抱き始める。データが調査者の視点で都合の良いように「作り上げられる」こと、あるいは人々が意図的に「ゆがめられた」回答をすることの結果、最終的な調査結果は人々の「現実」とは全く異なるものになってしまうことに気づいてしまうのである。加えて「巨大な質問票調査(彼はこれをダイナサウルス=恐竜と呼ぶ)」の費用対効果と実用性にも疑問を感じるようになる。
こうした欠陥を単に批判・告発するだけなら、誰にでも出来る。しかしロバートは建設的な人であり、どうすればこの状況を改められるかを考え始めるのである。大規模な調査票調査ではデータのねつ造さえあり得ることを発見しても、その原因を関与する人々の悪意や無知に求めることはしない。むしろ、そうせざるを得ない状況に同情さえするのだ(金を出す援助機関の要請があること、時間的な制約があること、有力な代替案がないこと、それぞれの人は失業したくないこと、等々)。こうして開発業界の構造的な問題に視点を向け、調査する側?される側の非対称な関係に注目し、その改善のための悪戦苦闘が始まるのである。まず、当事者が知らず知らずのうちに持っている様々な情報バイアスを指摘(第2章「農村開発観光」)して関係者を苦笑させ、大規模調査では構造的に見過ごされるものを指摘(第3章「微小環境」)して、対応策が必要であることを認識させる。
そして、こうした欠陥を乗り越えるための第一革命(第4章「速成農村調査法(RRA)」)が起こる。1980年代のことである。もちろんこの革命を自分が起こしたなどとは言わない。途上国の様々な場所で個別に取り組まれていた工夫が集積され、共有されることによってRRAという手法が浮上してきたと主張する(ただし、この集積にロバートと彼の所属するサセックス大学開発研究所〈IDS〉が果たした役割は巨大である)。
彼はRRA手法が機能するためには「あえて目をつぶる(optimal ignorance)、必要以上に正確な情報を求めない(proportionate accuracy)」ことが必要だと指摘する。これは農村開発における「調査」では厳密な科学性よりも、実践的な取り組みを通した住民へのフィードバックこそが重要なのだという彼の哲学を反映している。
しかし、RRAは「そこそこ迅速で、それほどよごれていない」手法にすぎないので、さらなる改善のための革命が引き起こされる。1990年代以降、ビジュアル手法を用いた参加型調査手法の一群が次から次へと生まれてくる(第5章「PRA」)。「数字」の威力が調査票調査の根拠になっている状況に挑戦すべく、参加型でも数字を扱うという試みが実践される(第6章「誰の数か?」)。また空間の認識のされ方とそこに現れる権力性について把握することの重要性が主張される(第7章「誰の空間?」)。この権力性(power)はロバートの一貫した関心の的であり、参加型調査でなければ把握が困難なのである。
本書では、PRA、PLAの名で知られている一連の参加型手法は、一括して参加型メソドロジー(PM)と呼ばれているが、これらの手法のいくつかを示した上で、書き下ろしの第8章では「調査者が陥りがちな罠」をどうやって乗り越えるのかについての様々な工夫を整理する。そして同じく書き下ろしの第9章「参加型手法」では、この手法群が変化への推進力だと認めながらも、結局最も大切なのは介入者の側の「態度と心構え」だと主張するところで、本書は終わっている。