目次
はじめに
序章 「国勢調査員に任命します」
1 黒人大統領の誕生――バラク・オバマ
2 黒人かカブリナシアンか――タイガー・ウッズ
3 国勢調査での分類
4 日本における直近の国勢調査
5 調査員体験顛末記
I章 国勢調査と人種(レイス)/民族(エスニック集団)――分類を好む植民地政府
1 国勢調査のはじまり
2 国勢調査における人種(レイス)/民族(エスニック集団)の分類
3 人種(レイス)/民族(エスニック集団)に対する関心の差異
4 レイスおよびエスニック集団分類から見た国勢調査
II章 アメリカ――レイス分類に強い関心
1 統計調査のはじまり
2 課税インディアンと非課税インディアン
3 住民の分類
4 カラー/レイス分類の変遷
5 カラーとレイスの指し示すもの
6 混血に関して
7 自己認定方式への変化
8 複数レイスの選択
9 エスニック集団としてのヒスパニックの出現
III章 アメリカのレイスおよびエスニシティ分類――商務省OMBの統一見解をめぐって
1 OMB指針15条1977年
2 OMB指針15条1977年の見直し
3 1997年検討委員会の勧告
4 OMBの最終決定
5 レイスに関してのアメリカ人類学会の論評
6 レイスという用語の可否
IV章 ニュージーランド――レイスからエスニシティへ
1 初期の調査
2 エスニシティの登場
3 マオリのアイデンティティ
4 近年の複数エスニック集団回答者の増加
V章 イギリス――旧植民地からの大量移民を迎えて
1 国勢調査のはじまり
2 移民送出国から移民受入国へ
3 レイス/エスニック集団についての質問導入検討
4 レイス/エスニシティ質問項目導入本格化
5 1991年の国勢調査
6 2001年の国勢調査
7 ミックスド問題
VI章 日本――世界五大強国の威信をかけて
1 近代国家への道のり
2 第1回国勢調査実施
3 国籍と民籍
4 台湾戸口調査
5 朝鮮
6 樺太
7 南洋群島
8 敗戦後および現今の国勢調査
VII章 国勢調査における多様な人種/民族の捉え方――言語集団・民族コード・カースト
1 先住民の言語集団の分類に関心を持つ国々
2 政府認定の民族コードがあり、そのいずれかに国民を当てはめる国々
3 カーストと人種・民族に連続性がみられる国々
VIII章 国勢調査を行わない国・発表しない国――見えない人々
1 キリスト教徒の多い国レバノン
2 同胞としてのトルコ共和国
IX章 曖昧なレイスとエスニック集団――ぼやけた絵の輪郭をなぞる作業
1 人種とレイス
2 エスニック集団とレイス
X章 人種の坩堝復権?はなるか――レイス/エスニック集団の複数選択がもたらすもの
1 複数レイスの選択――アメリカ
2 ミックスド選択肢の創設――イギリス
3 ニュージーランド人の出現――ニュージーランド
4 人種の坩堝復権
XI章 サラダボールの中身――存在を主張し始めたエスニック集団
1 国家とエスニック集団
2 ヒスパニックの台頭――アメリカ
3 ウェールズとコーンウォール――イギリス
4 カレンジンの出現――ケニア
5 日本の外国人
XII章 調査漏れとプライバシー――今後の国勢調査の問題点
1 調査漏れとサンプリング調査検討――アメリカ
2 無関心とプライバシーの壁の酷勢調査――日本
おわりに
引用文献
索引
前書きなど
はじめに
(…前略…)
ところでこの書物で取り扱っているのは、世界のいくつかの国々の国勢調査であるが、国勢調査そのものを対象としているわけではなくて、国勢調査の中で調べられている、人種、民族、国籍といった分類方式に重点を置いている。多くの国々ではその国を構成する住民に対して、何らかの区分が使用されている。それは言語である場合も、宗教である場合も、身分である場合もあるであろう。また予め国家が定めた民族の枠組みに住民を配分していくという方式もある。本書で多くのページを割いたアメリカ合衆国ではその区分はカラー、まさに皮膚の色であった。カラーはやがてレイスと同義語で用いられるようになり、アメリカ合衆国を2分する大きな区分となってきた。
本書は大きく3つの視点からこの分類についての考え方を取り上げている。
第一はII章からIX章までで、アメリカ合衆国をはじめとして、いくつかの国々で国勢調査において取り上げられてきた分類方式のさまざまな事例を、歴史的推移も含めて紹介している。アメリカ合衆国は2010年においても、相変わらず住民分類の基準としてレイスを用いているが、他の国々では近年エスニシティという語が分類基準に用いられるようになってきている。またイギリスのように、ここ30年ばかり前からこうした分類を取り入れることに熱心に取り組んできた国もある。さらにレバノンのように国内の宗教的政治状況から、1932年以来国勢調査を実施できない国もある。こうした事例を紹介しつつ、「ぼやけた絵の輪郭をなぞる作業」として、これらの分類基準の曖昧さを指摘したつもりである。
第二はX章で取り上げた「人種の坩堝復権」といった視点である。レイスないしはエスニック集団の複数選択が、多くの国々で近年採用されるようになってきた。イギリスではミックスドといった選択肢まである。こうした複数選択やミックスドを選択する人々は比較的若年層に多いようであるから、将来はこうした区分自体の意味も薄れてくる可能性がある。
顕著な例はニュージーランドで、ニュージーランダーすなわち自らをニュージーランド人と名乗る人々の出現である。これはエスニック集団ではなく単に国籍を示しているに過ぎないと批判する人々がある一方で、2006年には第3位の「エスニック集団?」としてニュージーランダーが、エスニック別の人口表に記載されるという奇妙な現象がおきてくる。
人種間結婚は今後もますます増加し、その間に生まれた子どもたちも増えていくであろうから、将来は「人種の坩堝」というかつて否定された旗印が復権する日も来るかも知れない。
第三の指摘は、まさにこの「人種の坩堝」と正反対の現象といえる動きである。それは「サラダボール」の中身が自己主張を始めたことであり、アメリカ合衆国のヒスパニックや、イギリスのウェールズやコーンウォール住民などの要望である。彼らは自らの存在を主張し、その数を数えて公表するように国勢調査局に要求する。
それに成功したアメリカ合衆国のヒスパニックの場合には、1970年以降毎回飛躍的な増大を重ね、2008年の国勢調査局の発表によれば4550万人、全人口の15%を占めることとなった。ヒスパニックの人口把握が開始された1980年が約1500万人であったから、この25年間に3倍に増え、これまで第1位の黒人集団を追い抜くに至った。ヒスパニックのこうした人口の急激な増加は、もちろん移民や自然増もあるであろうが、それに加えて、積極的に自らの集団の存在を示し始めたという動向と無関係ではないであろう。
日本は敗戦で植民地を失って以降、日本に定住する外国人の数を数える手段がない。また先住民であるアイヌ民族の数も定かではない。日本というサラダボール構成員の一部であるこうした人々の数を明らかにするために、かつての「民籍」の調査もあってよいのではないか――もし彼らが望むならば――と私は考えている。