目次
はじめに——海の向こうで日本語を学ぶ子どもたち(川上郁雄)
第1部 動態性の日本語教育
第1章 動態性の年少者日本語教育とは何か(川上郁雄)
1.オーストラリアで出会った子どもたち
2.「移動する子どもたち」をどう捉えるか
3.「移動する子どもたち」と「ことばの力」
4.「移動する子どもたち」の「ことばの力」の動態性
5.CCBの新たな定義
6.CCBの言語教育実践のあり方を考える
7.「動態性の年少者日本語教育学」の意味
第2部 「継承日本語教育」を考える
第2章 タイの補習授業校におけることばを育む継承日本語教育——絵本を活用した実践を通して(中川智子)
1.はじめに
2.タイにおける年少者の継承日本語教育
3.ことばの力を育む教育と絵本
4.補習授業校における実践
5.継承日本語教育における絵本を活用した実践の意義とは何か
6.ことばを育む継承日本語教育の実践展開にむけて
第3章 ペルーの「日本帰り」と呼ばれる子どもたちからことばの教育を考える(河上加苗)
1.「日本帰り」と呼ばれるペルーの子どもたち
2.ペルーの年少者日本語教育——日本人子弟教育から外国語教育へ
3.日本のJSL年少者日本語教育——日系人子弟を中心に
4.ペルーにおける「日本帰り」の生徒たちの実態と日本語教育
5.「日本帰り」の子どもたちの実態からわかること
6.これからの子どもたちへのことばの教育とは何か
第4章 イギリスで継承語として日本語を学んでいるバイリンガルの子どもたち——パワーリレーションの観点から(森口祐子)
1.はじめに
2.子どもたちの言語とアイデンティティを考えるパワーリレーションの視点
3.調査の概要:イギリスで継承語として日本語を学ぶ子どもたち
4.子どもたちの成長とことばの習得——あいとはなの場合
5.青年期の子どもたちのアイデンティティ——15歳から17歳
6.「イギリスで継承語として日本語を学ぶ子どもたち」をどう捉えるか
7.年少者の継承日本語教育への提言
第3部 「外国語教育としての日本語教育」を問う
第5章 アメリカの中学生が日本語を学ぶ意味——主体性育成の観点から実践を振り返る(山崎遼子)
1.アメリカの中学校・高校で日本語を教えるまで
2.アメリカの中等教育レベルの外国語教育
3.実践のデザイン
4.実践の検討——「Watashiマップ」・「書く」活動・生徒たちへのインタビューから
5.子どものことばの学びと「主体性」
第6章 「多文化社会で生きる力」の獲得を目指す日本語教育——オーストラリア・ヴィクトリア州のJFL高校生を対象に(青木優子)
1.はじめに
2.ILLと「生きる力」の関係性
3.大学入試に向けた会話練習
4.考察——「生きる力」を育成する文脈とは
5.まとめ——「生きる力」の育成を目指した授業デザイン
第7章 韓国中等教育における「考えること」の意義——外国語高校の卒業生は日本語授業で何を学んだのか(三代純平)
1.はじめに
2.韓国の中等教育における日本語教育
3.韓国中等教育の日本語教育において目指す「学び」の形
4.学生たちへのインタビュー調査
5.韓国中等教育の日本語教育への示唆
第4部 日本語教師の学びから年少者日本語教育を考える
第8章 中等教育におけるタイ人日本語教師に必要な教師研修とは何か——タイ北部地域で日本語を学ぶ高校生の視点を踏まえて(鈴木由美子)
1.はじめに
2.タイの中等教育における日本語教育の概況
3.ユパラート校における日本語教育環境
4.学校訪問で見えてきたことと考えたこと
5.タイの高校生が日本語を学ぶ意味と可能性
6.教師の役割とは何か
7.タイ人日本語教師のための研修会を考える——「北部研修会」での実践
8.タイで日本語を学ぶ高校生とその高校生に日本語を教えるタイ人日本語教師の関係
第9章 日本語教師の学びを考える——オーストラリアの高校教師のライフストーリーから(太田裕子)
1.教員研修の受け手から学びの主体へ——日本国外の初等中等教育機関の日本語教師を捉え直す
2.日本語教師の学びを捉える視点
3.日本語教師の学びを捉える方法
4.外国語学習経験を通した学び——日本語を学ぶことの意味の形成
5.日本語教師としての経験からの学び
6.日本語教師の学びとは何か
7.おわりに——日本語教師の学びから教員研修へ
第10章 「文化を越えて人間関係を構築する」日本語教育のための教師研修——自ら考える教師の育成(飯野令子)
1.はじめに
2.児童・生徒への日本語教育の方向性を決めるのは誰か
3.児童・生徒への日本語教育の目的
4.「文化を越えて人間関係を構築する」日本語教育の方法
5.「文化を越えて人間関係を構築する」日本語教育のための教師の資質
6.「文化を越えて人間関係を構築する」日本語教育のための教師研修の枠組み
7.中国において初等中等教育段階の日本語教師の研修を実施するための留意点
8.中国の初等中等教育段階の日本語教師への研修プラン
9.おわりに
あとがき——「移動する子どもたち」は言語教育カテゴリーを無効にする
執筆者紹介
前書きなど
はじめに
(…前略…)
本書は、『「移動する子どもたち」と日本語教育——日本語を母語としない子どもへのことばの教育を考える——』(川上郁雄編著,2006,明石書店)、『「移動する子どもたち」の考える力とリテラシー——主体性の年少者日本語教育学——』(川上郁雄編著,2009,明石書店)に続くものである。本書の研究は、どの研究も、早稲田大学大学院日本語教育研究科において年少者日本語教育学を学び、日本を飛び出し、海外で実践し、調査し、考察した内容をまとめたものである。執筆者自身が「移動」を繰り返しながら、実践研究を追究している点も本書の特徴である。
今、「移動する時代」に生きる子どもたちに必要な日本語教育の実践を新たに構想する時期に来ている。それは、子どもたちだけではなく、日本語教師自身が時代の変化にどう対応したらよいかが問われているのである。
以上のような問題意識をもとに構成された本書のラインアップを、以下に紹介しよう。
第1部のテーマは「動態性の日本語教育」である。日本語教育で「動態性」という概念はこれまでにない概念であろう。なぜなら、日本語教育は日本語という規範を日本語のテキストを用いて学習者に教える教育と考える実践者は、日本語教育は固定的なものと捉え、それが揺らぐようでは「何も教えられない」と考えるからである。一方で、「授業は生き物」といった表現もよく聞かれるように、日々の授業が教師の事前の思惑とは違う展開があることも、多くの実践者は気づいている。
しかし、ここでいう「動態性」は、それとはまた違う意味である。まず第一は、学習者である子どもたち自身が移動しつつ成長するという環境にいるという意味である。そして、第二は、それを指導する実践者自身も成長しつつ変容しながら教育実践を行っているという点である。さらに第三は、学習者も実践者も位置する社会環境自体が、社会的、経済的、文化的な変動の中にあるという点である。
(……)
続く第2部からは、日本国外の年少者日本語教育について、実践や調査を踏まえた論考が続く。まず、第2部は、日本国外で継承語として日本語を学ぶ日本人の子どもや日系の子どもたちをめぐる日本語教育について論じる論文を配した。
(……)
第3部は、外国語として日本語を学ぶ子どもたちの日本語教育実践がテーマである。
(……)
第3部のこれらの3本の論考はいずれも、日本国外の中等教育レベルで行われる日本語教育の意味と方法論について、これからの時代の中等教育における日本語教育の意味も含めて、新たに考察をしようとした点で共通する論考である。まさに、前述の「動態性」がキーワードとなる時代の問題性を照射した論考と言えよう。
最後の第4部では、教師研修、教師の成長を研究テーマにした論考を配した。子どもの日本語教育の実践には、つねに大人の実践者が関わる。日本国外の日本語教師の約7割が非日本語母語話者の現地の教師である(前述の国際交流基金の調査より)ことからわかるように、教師研修や教師養成は年少者日本語教育において極めて大きなテーマとなる。
(……)本書は、早稲田大学大学院日本語教育研究科「年少者日本語教育研究室」が中心となって進めてきた実践と研究の成果でもある。これらの実践研究に共通するのは、いずれも、日本国外での日本語教育実践や現地調査を踏まえて論じている点であろう。また、一地域や国に限定するのではなく、世界各地のさまざまな年少者日本語教育の実践研究を収録している。それぞれのテーマは、21世紀の年少者日本語教育の地平を切り開くテーマである。「海の向こう」という含意は、日本国外という意味であるが、その課題やテーマは、けっして日本国内の年少者日本語教育と切り離されているわけではない。日本の子どもが海外へ、また海外の子どもが日本にやってくる「移動する時代」に私たちは暮らしている。それはもはや単に国境で区分される教育領域ではないのである。日系人の継承語教育も外国語としての日本語教育も、そしてそれらの子どもたちに日本語を教える教師研修や教師養成も、「移動する子ども」というキーワードで結びつくと考える方が、これからの時代には必要な観点なのだ。
本書を支える主軸は、まさにそのような社会的情勢と現実に対応すべき年少者日本語教育の構築のビジョンを、「動態性」をキー・コンセプトに論じた実践研究なのである。