目次
はじめに
序章
1.研究対象の設定
2.非正規滞在者に対する日本政府の対応
3.非正規滞在者に関する実態調査
4.非正規滞在者に関する社会科学的な分析
5.本研究の問題関心と研究の進め方
6.分析のための概念枠組み
第1章 外国人政策における非正規滞在者
第1節 1980年代後半、「不法」就労の社会問題化
1.朝鮮半島からの密航者
2.「不法」就労の激増
3.つくり出された「単純労働者」
第2節 1990年代、放置された「不法」就労者・「不法」滞在者
1.取締り強化をタテマエとした緩やかな排除
2.包摂のめばえのなかでの権利の承認
第3節 2001年以降、「不法」滞在者の取締り強化
1.転換期を迎えた外国人労働者受入れ政策
2.バック・ドアの封鎖
第2章 非正規滞在者を取り巻く社会経済環境
第1節 バブル景気の人手不足のなかでの非正規滞在者
1.メディア報道にみるバブル景気の非正規滞在者
2.合法的な「単純労働者」の登場
3.人手不足のなかでの好意的なまなざし
4.非正規滞在者を支えるNPO/NGOの登場
第2節 バブル崩壊後の景気後退のなかでの非正規滞在者
1.安価な「単純労働者」の登場
2.メディア報道の変化
3.非正規滞在者の権利拡大をめざすNPO/NGOの運動
第3節 体感治安の悪化と非正規滞在者
1.治安対策と非正規滞在者
2.線引きされる非正規滞在者
第3章 男性長期非正規滞在者の就労実態
第1節 統計データにみる非正規滞在者
1.「不法」残留者
2.「不法」就労者
第2節 聞き取り調査の概要
1.調査の目的
2.男性長期非正規滞在者への聞き取り調査
3.NPO/NGO関係者への聞き取り調査
4.雇用主への聞き取り調査
5.調査の限界
第3節 調査対象者28人の就労実態
1.調査対象者の属性
2.調査対象者のプロフィール
3.労働市場における非正規滞在者
4.職場における非正規滞在者
第4章 社会構造と男性非正規滞在者の就労行動
第1節 分析のための概念枠組みの再確認
1.社会構造と非正規滞在者の就労行動との関係
2.両者の関係を考察するための視点
第2節 男性非正規滞在者の就労の通時的変化
1.来日当初の非正規滞在者
2.滞在長期化にともなう能動的変化
3.滞在が長期化しても変わらぬ制約的状況
4.仮説1の検証
第3節 社会構造から捉える男性非正規滞在者の就労行動
1.バブル景気の人手不足における非正規滞在者の就労行動
2.バブル崩壊後の景気後退期における非正規滞在者の就労行動
3.移民選別時代における非正規滞在者の就労行動
4.仮説2の検証
むすびにかえて
参考文献
研究を支えてくださったみなさまへ
前書きなど
はじめに(鈴木江理子)
本書の表題にある「非正規滞在者」とは、領土を所有する主権国家の承認をえることなく、領土内に滞在している外国人をさす。一般的には「不法滞在者」、「オーバーステイ」という呼称が用いられており、彼/彼女らの就労に焦点を当てて「不法就労者」と名指しされることも多い。筆者がなぜ「非正規滞在者」という用語を使用するかは、序章で論じるとおりである。
1980年代後半、失業や貧困に直面するアジア諸国から来日し、「黄金の国ジパング」で「不法」に働く男性非正規滞在者が急増した。彼らの存在はメディアや研究者の注目を集め、1990年代初頭にかけて研究者らによる実態調査もいくつか行われた。当時の「外国人労働者問題」の中心は、男性非正規滞在者であったと言っても過言ではないであろう。労務倒産に直面する企業もあるほど深刻な人手不足の時代、メディアは、非正規滞在者の労働力に頼らざるをえない中小零細企業の現状や、長時間労働も厭わず働く勤勉な非正規滞在者の実態を伝えた。彼らに対するホスト住民のまなざしも比較的おだやかで、1990年の世論調査では、半数以上が「不法」就労はよくないがやむをえないと回答している。
その後、人手不足の解消とともに、非正規滞在者に対する関心は薄れ、代わって、入管法改定を契機に急増した日系南米人に係ることがらが、「外国人労働者問題」あるいは「外国人問題」として捉えられようになった。
一方で、定期的に法務省入国管理局が公表する「不法」残留者数が示すとおり、バブル崩壊後の景気後退期にも20万人以上の非正規滞在者が存在し、日本で働き続けていた。非正規滞在者のなかには、日本での滞在が長期化するなかで、職場や地域の友人・知人、NPO/NGOなどに支えられながら、限られた範囲ではあるが日本社会とのつながりを形成する者もいた。非正規滞在者に対する合法化措置である在留特別許可件数も、1990年代の終わりごろから増加している。
(…中略…)
合法的な滞在資格をもたない者は権利が侵害されやすい状況におかれがちである。それゆえ、非正規滞在者の存在は、主権国家にとっても当事者にとっても好ましいものではない。したがって、非正規滞在者を減らそうという取組み自体は間違ったものではない。問題はどのように「削減」するかである。非正規滞在者を「国民が安心して暮らせる社会の実現」を妨げる存在であると一方的に捉え、摘発・送還するだけで、非正規滞在者をめぐる問題の解決となるのであろうか。
半減計画の遂行と並行して、毎年1万人前後の非正規滞在者が合法化されている。だが、その根拠は、日本人や永住者等との結婚、日本で育った一定年齢以上の子どもの存在などであり、難民性のない長期滞在単身者に在留特別許可が認められることはまずない。外国人家族に対する在留特別許可を支持するメディアやホスト住民の基本的論調も、「不法」に滞在した親は悪いが「子どもに罪はない」というものである。合法化の判断において、政策的にも社会的にも、自らの選択として非正規滞在となった者の日本での生活や就労に注意が向けられることはほとんどない。たとえ一方で、外国人労働者の必要性が議論されていたとしても。なぜなら、「不法」な存在である彼/彼女らが従事する労働は「単純労働」にすぎず、それゆえ「好ましくない外国人労働者」であると一般的に考えられているからである。
果たして、非正規滞在者は「好ましくない外国人労働者」なのであろうか。
本書は、長期にわたり日本で就労する男性非正規滞在者に注目し、これまで十分な研究が行われてこなかった彼らの就労実態を通時的に把握することで、労働者としての非正規滞在者を正当に評価することを第1の目的としている。強力な取締りによって日本社会から非正規滞在者が排除されている今このときに明らかにしなければ、日本の産業の一端を担った非正規滞在者は、あたかも存在しなかったかのように忘れ去られてしまうであろう。
さらに、退去強制の対象であるはずの彼らが、なぜ10年以上も日本に滞在し、就労することができたのであろうか。そこには、彼らの長期滞在・就労を可能とした日本社会の側の要因が存在するはずである。この要因を考察するためには、国家をはじめとする公的機関による公式な政策と実質的な対応、労働市場における雇用主の選択、メディア報道やホスト住民の意識や態度、NPO/NGOの活動など、非正規滞在者がこれまでおかれてきた日本の社会構造を解明しなければならない。これが本書の第2の目的である。
人口減少時代を迎えた日本にとって、もはや「新たな外国人労働者」の受入れは避けられない選択になっている。既に2009年通常国会には、外国人登録の廃止と在留カードの導入、技能実習生を対象とした在留資格の新設などが盛り込まれた入管法改定案が上程されている。外国人労働者受入れを含めた外国人政策が大きく転換しつつあるなか、非正規滞在者をめぐるこの20年の経験を総括し、客観的に分析・検討することは、今後の外国人政策を議論するうえで多くの示唆を与えるはずである。
本書が、今なお存在している十数万人の非正規滞在者に対する政策的対応やホスト住民の意識、日本で生活し、働いている外国人に対する理解、今後の外国人政策などを問い直す契機となることを切に願っている。