目次
まえがき
謝辞
要旨
第1章 国境を越えて提供される高等教育とは
1.1 国境を越えて提供される教育の拡大とその複雑化
1.2 関連用語
1.3 国境を越えて提供される教育の構成要素
1.4 国境を越えた教育の提供者とその多様化
1.5 プログラムの移動とその形態
1.6 教育提供者・機関にみる新旧の移動形態
1.7 要因と影響
1.8 新たな課題
1.9 主要な問題
1.10 結論
第2章 国境を越えて提供される高等教育と能力開発
2.1 序
2.2 能力開発とは
2.3 能力開発戦略における教育、特に高等教育の重要性
2.4 開発途上国において高等教育の能力開発を行う意義
2.5 国境を越えて提供される教育を能力開発戦略に組み入れる目的
2.6 国境を越えた教育と高等教育の能力開発への貢献
2.7 国境を越えて提供される高等教育における貿易と開発援助の相互補完
2.8 国境を越えて提供される教育の利点を最大にし、リスクを最小限に抑える政策
2.9 結論
第3章 質保証における能力開発——背景によって異なる課題
3.1 質保証の複雑さ
3.2 質保証の能力開発
3.3 今後の見通し——理想的な制度と実行可能な制度
3.4 結論
第4章 貿易の自由化とGATSによる高等教育の能力開発
4.1 序
4.2 貿易と投資の拡大による能力開発
4.3 規制と改善策
4.4 高等教育サービスとGATS
4.5 結論
付録1 ユネスコ・OECD『国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン』
略語一覧
監訳者解説
表
表1.1 国境を越えて提供される高等教育の枠組み
表1.2 プログラムや提供者の移動に対する三つの見方
表2.1 国境を越えて提供される教育の種類
表2.2 所得水準別にみた各国の就学率
表2.3 各国の政府開発援助(ODA)における中等後教育関連予算と教育関連予算(1995〜2005年)
表3.1 質保証制度の設立および改革の際の検討事項
表3.2 質保証の仕組みに関する用語とその定義
表3.3 国境を越えて提供される高等教育の質保証における機能と問題点
表4.1 WTO加盟国の約束表に記載されている高等教育サービスに関する制限の例
図
図2.1 能力開発のプロセス
図2.2 能力開発:多層的な概念構造
図2.3 能力開発戦略の一例:貿易部門の能力開発
図2.4 能力開発戦略と国境を越えて提供される教育
図2.5 高等教育の平均就学率(国の所得水準別、2004年)
図2.6 国内の高等教育就学者に対する国外で学ぶ就学者の比率が20%を超える国(2004年)
図2.7a 高等教育修了者のOECD地域への移住率が20%を超える国(移住率:%)
図2.7b 高等教育修了者のOECD地域への移住率が5%未満の国(移住率:%)
地図2.1 自国出身の高技能者のOECD加盟国への移住率(%)
図4.1 財の自由化およびサービスの自由化による利益
図4.2 サービスの自由化による利益
Box
Box2.1 OECD開発援助委員会(DAC):持続可能な開発戦略のガイドライン
Box2.2 国連開発計画(UNDP)が定めた能力開発のための10の基本原則
Box3.1 西欧に注目するハンガリー
Box3.2 ネパールの質保証計画:一つの教育機関に集中している状況での取り組み
Box3.3 バングラデシュにおける新たな質保証制度の目的
Box3.4 中米適格認定評議会(CCA)
Box3.5 アフリカ・マダガスカル高等教育評議会(CAMES)
Box3.6 チュニジア:私立高等教育機関に関する規制
Box3.7 メキシコ私立高等教育機関連盟(FIMPES)
Box3.8 インドネシアにおける質保証:資源の制約に対応するための大規模制度の改革
Box3.9 高等教育機関の設立に重点を置く紛争後のモザンビークとその質保証
Box3.10 インドネシア:教員養成機関の自己点検を支援・奨励するための財源投入
Box3.11 ブラジルの大学教育国家試験(PROVAO)と全国学力試験(ENADE)
Box3.12 世界各国の経験から生まれたスリランカの質保証制度
Box3.13 国境を越えて提供される質保証とベトナムの事例
Box3.14 国境を越えて提供される質保証の例
Box4.1 サービスの貿易自由化による利益
Box4.2 アクセスの平等をはかる仕組み
Box4.3 質保証と適格認定:マレーシアの場合
Box4.4 メルコスールにおける学位・学修のハーモナイゼーションと認証
Box4.5 ディアスポラ・ネットワーク:南アフリカの場合
Box4.6 高等教育制度における透明性:オーストラリアの場合
前書きなど
監訳者解説(一部抜粋)
(…前略…)
3 本書のねらいと構成
「国境を越えて提供される高等教育」(Cross-border Tertiary Education)とは「高等教育において、学生や教職員、プログラム、提供者、カリキュラム、プロジェクト、研究、サービスなどが、国の行政区域を越えて移動すること」をいうが、本書は、その枠組み、意義と課題、そして自由貿易体制の下でのあり方を論じたものである。つまり、国境を越えて提供される高等教育の広がりが、どのような可能性と課題を生みだしているかについて、教育関係者、とりわけ政策担当者の意識を喚起することが本書のねらいである。本書は、以下の4章および付録から構成されている。
第1章「国境を越えて提供される高等教育とは」は、国境を越えて提供される高等教育の枠組みについて、その概要を述べている。具体的には、国境を越えて提供される教育の定義、関連用語、構成要素、移動の形態、背景要因、主要な問題などを整理している。
第2章「国境を越えて提供される高等教育と能力開発」は、開発途上国の能力開発という視点から、国境を越える教育、とりわけプログラムや機関の移動を促進することの意義と課題を示している。
第3章「質保証における能力開発」は、国境を越える高等教育が適切に機能するために、質保証の目的、理念、制度、運営はどうあるべきかを各国の事例を挙げながら論じている。
第4章「貿易の自由化とGATSによる高等教育の能力開発」は、GATS体制のもとで国境を越えて提供される教育を進めた場合、どのような機会と課題が生じるかについて考察している。高等教育の能力開発に役立つ一方で、国の管理統制機能に影響を与える可能性を示唆しており、GATSの中で各国が自国の目標に即した約束を行っていく必要性を強調している。
最後に付録として、ユネスコとOECDが共同で策定した『国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン』(2005年)を掲載している。このガイドラインは、国境を越えて提供される高等教育とその質保証を推進するため、高等教育の利害関係者(政府、教育提供者、学生団体、質保証・適格認定機関、学位・学修認証機関、職能団体など)に対して行動指針を示したものである。
4 日本の課題
大学進学希望者の全入時代を迎えている日本においては、高等教育の需要はほぼ満たされている。量的な側面からみれば、「能力開発」のために国境を越えて提供される教育を導入する根拠は見当たらない。しかし、高等教育における人材育成という観点からみれば、高等教育の質に「能力開発」の余地はある。
日本では、少子化と大学進学率の向上によって、大学教育の「質」とりわけ学士課程教育の「質」の維持が年々困難になっており、入学者に合わせたプログラムやカリキュラムの開発が急務になっている。しかし、急速な質の変化に対応して、新たなモデルをつくり出すことは容易ではない。こうした状況で、「国境を越えて提供される高等教育」が広がり、しかも、それが「国際通用性」という強力なパスポートであれば、国境を越えて提供される高等教育と質保証ガイドラインの影響力はかつてないほど大きくなると見られる。
こうしたことから、日本において予想される問題を示しておきたい。
第1は、「国境を越えて提供される高等教育」がサービス貿易の一環として広がりを見せた場合、外国の教育機関が提供する教育に従来のようなかたちでの継続性は期待できないということである。外国の教育機関やプログラムは、営利事業として成り立たなくなれば撤退する可能性があることを視野に入れたシステムづくりが必要であろう。
第2は、国境を越えて提供される教育と質保証ガイドラインが浸透すれば、日本の高等教育全体が、国際通用性という尺度に照らして目標や内容の妥当性を問われるということである。ただし、この尺度にもとづいて標準化を進めれば、各大学の自律性や多様性、個性が弱まり、かえって大学の存在基盤は失われる。日本の大学は、国際通用性を高めると同時に個性化も進めなければならないという二重のアポリアに直面しているのである。
第3は、国境を越えて提供される高等教育をGATS体制下で受け入れるとしたら、自国に適した規制の枠組みを設定しなければならないが、日本はこうした枠組みづくりについての知識や経験が浅いということである。自由化の進んだ地域の事例を注視するとともに、高等教育に対する国の管理統制機能にGATSがどのような影響を与えるかについても明らかにしなければならない。
日本にとって、高等教育サービスの自由化が避けられないとしたら、それがもたらす可能性と課題について、本書に続く詳細な検討を重ねることが、日本の高等教育関係者にとっての課題であろう。
(…後略…)