目次
はじめに
『イランを知るための65章』凡例
1 文学・言語
第1章 華麗な恋文——ペルシア文学
第2章 文字の帝国、語りのレジスタンス——『シャー・ナーメ(王書)』
第3章 ペルセポリスの記憶——アレクサンドロス伝説
第4章 葦笛の響き、象徴の舞い——ペルシア神秘主義文学
第5章 俳句との邂逅——現代イラン詩抄
第6章 二〇世紀を駆け抜けた女性詩人たち——パルヴィーンとフォルーグ
第7章 時代の苦悩と生の悲劇的感情——作家サーデグ・ヘダーヤトの肖像
第8章 語り継がれるイランの伝統思想——イラン民話学の現状
第9章 イランのシンデレラ物語——シンデレラの比較民話学
第10章 ダレイオスのことばとシャープールのことば——イラン語派
第11章 ペルシア語はどこまで通じるか?——イランことば探訪(1)
第12章 お国ことばさまざま——イランことば探訪(2)
2 芸術
第13章 王権神授と虚偽の造形——イランの古代美術
第14章 イラン美の源流——イスラーム時代のイラン絵画(一四世紀まで)
第15章 華やぐティムール朝宮廷文化——王族による写本芸術の保護
第16章 芸術の爛熟——サファヴィー朝の絵画、その光と影
第17章 真っ黒と斜めの書?——イランの書道作品に親しむ
第18章 エスファハーンの輝く彩画タイル——イランの建築装飾の技法と美
第19章 模様は歴史を語る——ペルシア絨緞
第20章 イラン映画は子ども向け映画か?——イラン映画と日本人
第21章 『風の絨毯』の舞台裏——イラン映画は今
第22章 映像になった言葉たち——イラン映画と詩の蜜月
第23章 イラン音楽の楽しみかた——三つの観点から
3 宗教
第24章 イラン的イスラームとは何か?——イランの宗教的伝統
第25章 ここにイランのパッションがある——シーア派の哀悼行事
第26章 聖性への憧憬——イラン最大の聖地イマーム・レザー廟
第27章 都市での争い——中世の宗派対立
第28章 神に対する愛——イランのスーフィズム
第29章 実践的道徳——周囲を敵に囲まれた人の処世術
第30章 古代イランの元祖魔術師?——ゾロアスターの虚像と実像
第31章 イランが生んだ宗教——現代に生きるゾロアスター教
第32章 イヌ派かネコ派か?——ゾロアスター教とイスラーム
4 歴史
第33章 イラン考古学最前線——旧石器時代からサーサーン朝ペルシアまで
第34章 正倉院のガラスを求めて——ギーラーン地方の考古学
第35章 イスラーム以前の輝かしい時代への賛歌——『ノウルーズ・ナーメ』
第36章 多民族共生の歴史と「国史」の齟齬——イラン史を求めて
第37章 シーア派国家への道——サファヴィー朝の成立と繁栄
第38章 屈辱と懐旧と——ガージャール朝
第39章 歴史の一貫性——イランの近代史と宗教
第40章 現代に蘇る石油国有化運動——ナショナリズムと自由
5 地理・風土・民族
第41章 ノウルーズ文化圏——イランの地理・風土・民族
第42章 ザーグロスの南、ファールスの春——イラン南部の風景
第43章 携帯電話がほしい!——ガシュガーイー遊牧民
第44章 クルディスターンの「分割」——クルド人と国境
第45章 近くて遠い隣人——イラン人とアフガン人
第46章 イラン系文化とトルコ系文化の十字路——中央アジア
第47章 イランとカフカス、日本を結ぶミッシングリング——アルボルズとエルブルース
6 政治・経済・社会
第48章 イランの近代性と歴史の連続性——イラン・イスラーム革命
第49章 ヘジャーブに見るイスラーム革命——女性の政治参加と体制維持
第50章 あるイスラーム法学者の「造反」——ヴェラーヤテ・ファギーフ体制への挑戦
第51章 イランの保守・改革の対立と国際社会——イラン外交
第52章 バーザール商法を超えて——イラン・ビジネス事始め
第53章 革命と戦争の向こう側に——地方社会の変容
7 生活文化
第54章 女性パワーの源——イランの女子教育
第55章 教育は社会を語る——小学生の学校生活
第56章 一般行事は太陽暦・宗教行事は太陰暦で——暦の変遷
第57章 イスラーム・プロパガンダと自由化の波のはざまで——イランのマスコミ事情
第58章 縮まる都市と農村の格差——イランの医療事情
第59章 利用された「伝統服」の一〇〇年——チャードルに映るイラン
第60章 都市と住宅——住居環境
第61章 ゆるやかな男女別と男女同席——テヘラン乗り物事情
第62章 生者と死者を結ぶコミュニケーション——墓参りと夢
第63章 集いの楽しみ——半世紀前のテヘランの娯楽から
8 日本とイラン
第64章 海を渡った恋の詩——文化交流
第65章 蜃気楼の彼方に——イランへの眼差し
【コラム1】 ソシュールの言語ゲーム——「タルハンドとガウの物語」
【コラム2】 イランの地震によせて——二〇〇三年一二月の大地震
【コラム3】 グルジア村の「発見」——ラド・アグニアシュヴィリの旅
【コラム4】 二つの顔のイラン——エバーディー氏のノーベル平和賞受賞が語るもの
【コラム5】 情熱の向かうところ——イラン・スポーツ事情
【コラム6】 テヘラン・スーパー銭湯事情——筆者の体験から
【コラム7】 似て非なる食卓の風景——イランの食文化
【コラム8】 日本点描——イラン人研究者の日本観
【コラム9】 イランの空に日本語の響き——テヘラン大学の日本語教育
『イランを知るための65章』関連略年表
イランを知るためのブックガイド
あとがき
前書きなど
あとがき ある地域なり国なりを深く理解しようとするならば、新聞やテレビなどのメディアを通じて伝えられる断片的な情報に徒に目を奪われるのではなく、その背後に広がる歴史や経済・政治・文化をきちんと見つめ、理解しなければならない。これはあらためて言うまでもない自明の理なのだが、対象がイランともなると、「テロ支援国家」「核開発疑惑」「悪の枢軸」といった声高な言葉に気を取られ、ややもするとこの理の自明性が意識の後方に追いやられてしまうことがあるように思う。これは、イランと深く関わった歴史を持たず、結果的に偏った眼差ししか向けてこなかった私たち日本人の、歴史的・文化的事情からくる無関心と知識の欠落に大いに拠っているだろう。仮に情報を得ようと思い立っても、気軽に手に取って読める概説書が決して多くは見当たらないという事情もあった。 私たちはこのような点を踏まえ、多くの方々にまずはイランに関心を持っていただき、その魅力と問題を広く知っていただきたいという願いを込めて、本書の編集にあたってきた。具体的には、現代イランが政治的・社会的に抱えている種々の課題や現状はもとより、文化的深みを少しでも感じ取っていただくために、古代から現代に至るまでイランに暮らす人々が織り上げてきた精神と感性の営為を可能な限り広く紹介することを目指し、文学や芸術、宗教、歴史などの章をできる限り充実させる方針を取った。特に、この種のイラン概説書の中では必ずしも充分に紹介されることがなかった絵画史やタイル、スーフィズムなどにも紙幅が割かれているのは本書の特徴の一つと言ってよいだろう。もちろん、マス・メディアや交通、住宅、医療事情など、現代の生活に関わるテーマも多く取り上げている。これらは読者の知的好奇心を少なからず満たしてくれるものと確信している。 もっとも、当然のことながら、六五章と九つのコラムだけで、悠久の歴史と広大な地域的広がりを有するイランのすべてを書き尽くせるはずもない。サーサーン朝、マニ教、イマームザーデ、庭園に心地よく響く水のせせらぎ、バーザールの喧騒、結婚や離婚をめぐる現状、イラン・イラク戦争……。シーア派の信仰についても、もっと詳しい説明が必要だったかもしれない。紙幅の都合で本書に取り上げることができなかった主題はいくつもある。それらについては、また機をあらためて紹介させていただくほかない。だが、それでもなお、五〇名を超える専門家が一致協力した結果、可能な範囲内では極めてバラエティーに富んだ、他に類を見ないイラン概説書を世に出せたことは間違いないだろう。本書の多様な切り口を通じ、一人でも多くの読者にイランへの関心の扉を開いて頂ければこの上ない喜びである。(後略)