紹介
武家の伊予守が主人公の異色作。上下二巻から成る中編。成立は後嵯峨院時代とされる(在位1243〜46、院政〜72)。
父大臣に知られず、常陸国で生まれ育ったヒロイン木幡の姫君は、兄妹とは知らぬ秋の君の接近、後見役の伊予守との密通、入内取り止め、老人の中務宮との結婚、帝による略奪という曲折を経て女御にまで昇り、伊予守は出家する。
男主人公の側から見れば悲恋遁世談で、女主人公の側からいうと女の出世を描いた物語。
底本には『鎌倉時代物語集成』第二巻を使用。同書は射和文庫本を底本とし、内閣文庫本を部分的に対校している。
中世王朝物語全集、第15回配本。
源氏物語以後、院政期から鎌倉時代にかけて生み出され、今に伝わる王朝物語全集。
原文・現代語訳2段組構成。
待望のシリーズ最新刊!
【編集委員】市古貞次・稲賀敬二・今井源衛・大槻修・鈴木一雄・樋口芳麻呂・三角洋一
目次
本文・現代語訳・注・梗概・年立・人物系図・人物一覧・校訂付記・解題
(梗概・年立・人物系図・人物一覧担当:井 真弓)
底本には『鎌倉時代物語集成』第二巻を使用。同書は射和文庫本を底本とし、内閣文庫本を部分的に対校している。
「栞」
「『石清水物語』の人物造型から読み解く時代性」井 真弓
「三角洋一さんを偲ぶ」藤原克己(『東方学』第132輯より転載)
前書きなど
刊行に際して
院政期から鎌倉時代の間に成った王朝物語は、『松浦宮物語』『石清水物語』『有明の別』その他、現存作品だけでも二十八部の多きに達するにかかわらず、最近まで一様に「擬古物語」という称を与えられて、ひたすら平安朝物語の模倣作とされ、読むに値しないものと見なされてきた。従って、大部分はごく少部数の原典の翻字があるのみで、現代語訳もほとんど刊行されていないのが現状である。
その結果、それらが一般の読者にまったく読まれなかったのはやむを得なかったとしても、専門の研究者ですら、この時期の物語の文体には特異な語彙や語法があるという点もあって、右のような常識に甘んじて、自ら作品を読み、研究を進める姿勢が乏しかった嫌いがあるように思われる。
これらの作品がこうしてひとしなみに継子扱いを受けてきた最大の理由は、作品の内容にあるのではなく、現代語訳がほとんど無かったという事実に由来するのである。
もし、今、それぞれに読みやすい本文を立て、現代語訳を添えることが出来れば、これらの作品の面目は、世上俄に一新され、その評価にも再検討が加えられるに違いない———我々は、数年以前から期せずして、この一致した見解の元に準備を重ね、同志を糾合して、「中世王朝物語研究会」を組織し、市古貞次・三角洋一編『鎌倉時代物語集成』七巻の本文の完結に引き続いて、ここに本全集を刊行することにした。日本文学史の数少ない盲点の一つが、この全集によって明らかにされ、それが広く読まれることで、その評価も見直される日の近いであろうことを期して疑わない。ここに、江湖諸賢のご支援を切に望むものである。
編者