目次
序章 吉岡彌生研究の現代的意義
1 研究的視点から見た吉岡彌生の特徴と「魅力」
2 吉岡における女子医学教育と「良妻賢母」イデオロギー
3 吉岡とジェンダーをめぐる構図
4 現代日本における吉岡研究の意味
5 本書のテーマと構成
第1章 課題と方法
1 問題の背景と課題
2 対象と方法
第2章 吉岡彌生にとっての医師世界とアイデンティティ
第1節 吉岡彌生と医師世界
第2節 自己形成に影響を及ぼした人たち
1 生育環境とジェンダー意識――母鷲山みせ
2 女権論との出会い――景山英子
3 医業へのまなざし――父鷲山養斎
第3節 吉岡にとっての済生学舎――医術開業試験と「共学」
1 医学教育機関としての特徴
2 女子学生の処遇と「共学」環境
3 医術開業試験受験と「女医」意識
第3章 女子医学教育の構想と実践
第1節 パイオニア期の「女医」
1 「女医」という職業
2 「先覚者」としての「女医」
第2節 女子医学校の設立・運営という課題
1 高等教育システムと「女医」
2 東京女医学校の設立と初期の運営
3 「専門学校」昇格への取り組みと戦略
4 「大学令」下の女子医学教育
第3節 女子医学生指導の方針と実践
1 鍛錬主義と「女医」アイデンティティの構築
2 臨床重視と社会貢献――関東大震災と夏期無料診療活動
3 生活指導と内面・思想管理
4 研究重視、職業的・社会的自覚と訓練、進路指導と海外進出
第4章 「女医」像=キャリアモデルの構築
第1節 「女医」像をめぐる諸前提
1 女性職業必要論
2 「開拓者」「先覚者」―「後継者」の図式
3 「専門職=指導者」という存在
第2節 「女医」養成論の基本構図
1 「女医」論の基盤――「女医亡国論」との対峙
2 「女医」論から「女医」養成論へ
3 「女医」養成論の見取り図
第3節 「女医」養成論の構成論理
1 「女性に適した職業」としての「女医」像
2 専門職性における男女同等論――男女の資質・能力と「権威」
3 担当領域における男女「棲み分け」論――「女医」と「男医」の適性と職域
第5章 ロールモデルとしての吉岡 1――「女性医師の生き方モデル」の提起
第1節 吉岡における「女性医師の生き方モデル」
1 後継世代にとっての吉岡彌生
2 キャリア・ヒストリーと「生き方モデル」
第2節 「女性医師の生き方モデル」に見る「女医」の諸条件
第3節 キャリアモデルと「仕事と家庭」両立モデルの間
1 キャリアと家庭生活
2 吉岡と女性役割
3 専門職における「仕事最優先」規範と両立問題
第6章 ロールモデルとしての吉岡 2――リーダーシップから国策動員へ
第1節 「女医」における社会=国家的リーダーシップと国策
1 職能団体と「陣地戦」構想――日本女医会の組織と活動
2 戦争と「女医」
3 「女医」像の変容――「新しい婦徳」と「職域奉公」
第2節 女子社会教育の指導者として――社会活動と社会貢献1
1 処女会中央部・大日本連合女子青年団への関与
2 青年女子の「銃後」活動への喚起と「動員」
3 女子青年団活動における指導原理
第3節 女性運動の指導者として――社会活動と社会貢献2
1 婦選運動をめぐる立場と見解
2 政治「参加」と社会「参加」の接合点
3 「職業婦人」認識の拡大と「動員」論理
補節 教育審議会の唯一の女性委員としての発言
1 女子教育全般の改革をめぐって
2 女子への青年学校教育の義務化をめぐって
終章 吉岡彌生と女性専門職教育――「生涯キャリア」への視座
1 本書の概要と知見
2 吉岡彌生に関わる評価の再検討
3 現代的示唆と残された課題
特論 現代女性医師をめぐる課題と支援可能性
1 女性医師の現段階
2 現状を克服する取り組み
註
参考文献一覧
吉岡彌生文献リスト
吉岡彌生年表
おわりに
索引
前書きなど
序章 吉岡彌生研究の現代的意義
なぜ、今、吉岡彌生なのか。
医師の世界はともかくとして、教育関係者や教育史研究、女性運動や女性史研究、社会運動や社会科学研究に携わる人たち、そして多くの一般読者にとっても、この問いは、広く共有されるものかもしれない。他方で、一部の読者にとって吉岡は、伝記や評伝の主人公、数少ない女性の「偉人」の一人であり、すでに「過去の人」との印象の方が強いこともあり得るだろう。
(…中略…)
5 本書のテーマと構成
本書のタイトルは、『近代日本の女性専門職教育――生涯教育学から見た東京女子医科大学創立者・吉岡彌生』である。すなわち、近代日本の医師世界およびそこでの吉岡彌生という人物の戦前・戦中期の著作、言動、行動や生き方を、筆者の専門とする生涯教育学研究の観点から多面的に考察することにより、近代日本の女性専門職教育としての女子医学教育と「女医」養成の内実、その生成・発展過程および諸契機を、吉岡の存在を通してその実態を解明し浮き彫りにしようとするものである。以下、本章の構成について概観しておく。
第1章では、専門職女性の現状と課題に関わる先行研究の論点を踏まえつつ、課題と方法を呈示する。まず「女性参入型」専門職と「ジェンダー秩序」をめぐる問題構図を検討し、当事者である専門職女性の「生涯キャリア」に向けたオルタナティヴな(もう一つの)「専門職」論を展望する足掛かりとしての「女性専門職」論に注目する。また研究対象に医師世界と吉岡彌生を措定し、吉岡の「女医」養成論と「女医」像の解明における生涯教育学的アプローチの特色と方向性について明らかにする。
第2章では、吉岡にとっての医師世界とアイデンティティについて、医師世界における二つの潮流と吉岡自身の自己形成において影響力の大きかった人物、吉岡が経験した医学教育に注目しつつ跡づける。(……)
第3章では、「女医」養成の構想と実践の全体像を考察する。(……)
第4章では、吉岡の「女医」養成論を「女医」というキャリアモデル構築の取り組みと捉え、その論理構造と構成要素を抽出する。(……)
続く二つの章(第5章・第6章)では、「ロールモデルとしての吉岡」について二つに分けて考察する。まず、第5章では、吉岡が「女医」養成論で示した「女医」像とは別に、吉岡自身が自ら生きることで提起した「女性医師の生き方モデル」を取り上げる。(……)
第6章では、「女性医師の生き方モデル」におけるリーダーシップと国策動員に着目し、「女医」指導者、女子社会教育指導者、女性指導者としての吉岡を跡づける。(……)
終章では、それまでの章で考察してきた「女性参入型」専門職域としての医学世界における女性専門職論(「女医」養成論)、およびそこで提起されたロールモデル(「女性医師の生き方モデル」)の機能と歴史的役割を踏まえ、その上で専門職女性の「生涯キャリア」への今日的示唆を得るものとする。まず、各章の考察から得た知見を、第1章で提起された五つの問いに応答する形で整理し、総括する。次に、女性専門職教育の観点から、吉岡彌生の位置づけと役割について、改めて評価を試みる。最後には、専門職女性の「生涯キャリア」に向けた現代的示唆と残された課題について検討し、筆者の見解を述べたい。
以上に加えて、巻末に特論を付加する。現代日本の女性医師をめぐる問題状況と課題について、本論の議論と関わらせつつ考察する。合わせて近年の取り組み事例から、女性医師支援の可能性を探る。