目次
国立民族学博物館「機関研究」の成果刊行について(松園万亀雄)
まえがき(松園万亀雄/門司和彦)
第1章 人類学と国際保健医療協力——所収論文解題(門司和彦)
第2章 文化人類学と開発援助——西ケニア、グシイ社会における男性避妊をめぐって(松園万亀雄)
1 はじめに
2 避妊とジェンダー関係
2.1 キシイ県病院における精管切除手術
2.2 FPAK診療所における精管切除手術
2.3 家族計画普及員としての女性と男性
2.4 FPAK診療所におけるカウンセリング
2.5 避妊手術室におけるジェンダー関係
2.6 男性避妊の現実と医療関係者の態度
3 精管切除とグシイの「男らしさ」観
3.1 被面接者の宗教別分類
3.2 家族計画に反対する男性たち
3.3 夫の避妊法、妻の避妊法——カソリックと新教信者との違い
3.4 避妊は夫婦のいずれがするべきか——夫の大半は「妻がするべき」
3.5 精管切除手術に対する男性の態度——それは雄牛の去勢と同じもの
4 結論
第3章 国際医療協力における文化人類学の二つの役割(白川千尋)
1 はじめに
2 開発援助、国際医療協力の動向と文化人類学
3 マラリア対策プロジェクトと文化人類学
4 相対主義と文化人類学の役割
第4章 下痢の民俗病因論と下痢症削減対策をめぐって——ウガンダの事例からの再考(杉田映理)
1 序論
1.1 下痢症と下痢症対策
1.2 下痢の人類学的研究
2 本稿の目的
3 調査地
4 調査手法
4.1 下痢の病因に関する調査手法
4.2 ほかの病気との相対的関係に関する調査手法
5 調査結果(1)——下痢の原因(民俗病因論)
5.1 自然的原因
5.2 成長の節目
5.3 先天性の原因
5.4 妬みによる呪術
6 調査結果(2)——病気群のなかにおける下痢症の位置づけ
7 考察
第5章 ハイリスク妊娠・出産と人びとの「異常」概念——モロッコ農村部における母子保健政策と住民の対応(井家晴子)
1 はじめに
1.1 医療協力における人類学的視点と可能性
1.2 出産をいかに捉えるか
2 ハイリスク妊娠とは何か
3 モロッコ王国の母子保健政策
3.1 妊娠.出産をめぐる医療システム
3.2 出産の近代医療化とプライマリー.ヘルス.ケア
3.3 「異常」とハイリスク妊娠
4 調査地概要
4.1 ベルベルの村、A村
4.2 近代医療の指導と人びとの反応
5 妊娠・出産の「困難(シッカ)」、「異常(ウリギ.タビーイィ)」
5.1 妊娠前の症状と人びとの対応
5.2 妊娠期間中の「困難」、「異常」
5.3 分娩の場
5.4 産後
6 身体観の違い
6.1 豊かな「解剖学的」知識と近代医療とのずれ
6.2 ワルダとは何か——変化する器官
6.3 世代間の差——ワルダを落とした女性たち
7 ハイリスク妊娠・出産と民俗知識
7.1 ハイリスク妊娠と不正性器出血
7.2 アムグーンへの対処
8 まとめと分析
第6章 国際医療協力、人類学、対象地域のはざまで(大橋亜由美)
1 はじめに
2 プロジェクトの概要と参加までの経緯
3 活動内容
3.1 地域助産師
3.2 地域の医療機関(保健センターと公立病院)
3.3 民間治療者
4 問題群の検討
4.1 時間的な制約
4.2 調査スキルの問題
4.3 人類学に対するイメージ
第7章 熱帯医学と国際保健における人類生態学的アプローチ(門司和彦)
1 はじめに
2 人類生態学——生態学か生態学のアナロジーか?
3 人類生態学におけるフィールドワークの伝統と方法論
4 熱帯医学の誕生と発展
5 国際保健の誕生と発展
6 国際保健と熱帯医学の違い
7 日本の熱帯医学と国際保健の特殊性
8 国際保健医療協力と人類生態学
9 おわりに
あとがき(白川千尋)
索引
前書きなど
まえがき(一部抜粋)
(…前略…)
本書の編者である私たちは、世界の国際保健医療協力が「バイオメディカルモデル(生物医学モデル)」に偏重していると考えている。「バイオメディカルモデル」とは、近代的な医科学に重点を置いた、あるいはそれのみによって健康水準を向上させよう、させることができるという信念に基づいた、保健医療協力の一形態である。もともと近代的な医科学は欧米で誕生し、欧米の社会で成功した戦略である。しかし、その成功の背景には、経済の発展、生活の向上、教育の普及、それらにともなう栄養状態の改善や上下水道など環境衛生の改善、および健康な生活への庶民の意識改革があったことを忘れてはならない。これらは、欧米の近代化にともなって、あるいはその前提として起こった出来事である。
一方、国際保健医療協力を必要とする途上国・途上地域では、欧米的な社会の近代化が進んでいない状況にある。それらの社会も「近代」の影響を受けて変化しているが、変化の様相は地域ごとに異なっている。その状況を理解しないで「バイオメディカルモデル」のみを当てはめても、成果が持続しないことが報告されている。近代医科学によるワクチンの疾病予防効果、医薬品による治療効果は驚異的だが、それらが機能する基盤、前提条件がそろっていないと、そのシステムは長続きしない。教育水準も高く、比較的均質な価値観をもつと言われる日本社会は、欧米的な「バイオメディカルモデル」の導入が成功した数少ない例だと言える。その成功体験のおかげで、日本の国際保健医療協力は「バイオメディカルモデル」に偏重している。その信念を根源的に問い直し、現場で必要な援助・協力をゼロベースで考えないかぎり、結果はこれまでと大差のないものになるだろう。
(…中略…)
本書のもとになったシンポジウムのタイトルは、先述のとおり「文化人類学は医療協力の役に立つのか?」であるが、そこでは、「今のバイオメディカルモデル中心の国際保健医療協力に人類学や社会学の知識や視点を入れれば、妥当性や効率が上がる」という小手先のことが主張されようとしていたのではない。おそらくそのような主張をともなった戦術は、あまり成功しないだろう。世界の健康格差は、少しぐらい文化人類学者の知恵を借りた程度で変革されるようなものではない。問題の根源的な解決は、医療従事者が人類学や社会学の視点によって医療協力の枠組み自体を変化させることができるか、あるいは人類学や社会学にそれを引き起こす力量があるかにかかっている。熱帯医学や国際保健医療学の成果を人類の健康に反映させるためには、これらの学問に携わる人たちが人類学者や社会学者と真剣に協力してゆくこと、また、医療協力に対する人類学(者)や社会学(者)のより積極的な参加が問われている、と私たちは考える。
(…後略…)