目次
序章 歴史的瞬間に立ち会う
カウンター下に隠す酒
酒と女におぼれた教師
永遠のクース島に
第一章 壮絶な地上戦を生きのびて
中国と平和友好
格式高い辻遊郭
鉄血勤皇隊の少年たち
仏のような上官
軍首脳最後の酒宴
古酒を愛した男爵
琉球いろは歌
第二章 首里人の誇り
甦る黒麹菌
なんのための問いか
戦前の美酒復活
百五十年酒は家宝
古酒といえば瑞穂
古典的手法を今に伝え
第三章 クースの番人
市場出身の知事
沖縄全土の酒ぞろえ
百種の料理を出す酒場
社会の底辺から支える力
蟷螂之斧
二代目征幸あずかり
島酒復権は燎原の炎
第四章 竜宮通りの赤提灯
威風堂々の酒房
うりずんvs小桜
マラソン好きの主人
泡なし酵母の発見
哀愁の桜坂
第五章 県民斯く戦えり
サミットは返礼
赤瓦の酒蔵
甘くて辛い酒
酒造りの設計図
父と子の葛藤
己の信じる道をつき進む
第六章 平和を守る闘い
鉄血隊員の戦後
人生をとり戻す
オール沖縄を強調
泡盛居酒屋は今
古酒を庶民の酒に
新たな草の根運動
あとがき
琉球・沖縄と泡盛の歴史年表
参考引用文献
酒造所一覧
前書きなど
はじめに
(…前略…)
沖縄へ初めて足を運んだのは一九八〇(昭和五十五)年の夏、新聞記者になって二年目のことだった。大阪の社会部で世話になった先輩が那覇支局に転勤していたので、夏休みを十日ほどとって遊びに訪れたのだった。
沖縄本島の南部戦跡や八重山の青い海に囲まれた島々を訪ね歩き、泡盛を呑みながらテビチの煮付などに舌鼓を打った。首里の石畳を散策しても沖縄戦で焼失した首里城もまだ再建されてなかったが、今はない「さくらや」で食べた沖縄そばが旨かったことを覚えている。
いつか沖縄で仕事をしたいと思い、高知支局に勤務していた一九八四年に当時沖縄タイムス社から刊行されていた『沖縄大百科事典』(全四巻、五万五千円)を購入して、支局長にそれを見せて次の移動先はぜひ那覇へと希望を伝えた。
今の時代ならともかく、当時の会社が若者の願いを聞き入れるはずもなく、私は神戸支局へ移り、グリコ森永事件や暴力団山口組の抗争事件を追う警察記者の道を歩むことになる。
それでも休暇がとれると東京から沖縄へ通うようになり、気になることが二点できてきた。
戦後首里でガレキのなかから泡盛を造るのに必要な黒麹菌を見つけ出して泡盛復興の立役者となった佐久本政良という人物はその後どうしているのか。いつか訪ねて行って、泡盛造りの人生について話を聞きたかった。
それと、大変な苦労をしながら、戦後復活させた琉球泡盛を沖縄の人たちは飲み屋でカウンターの下に隠すというような、どうしてそんな行動をとったのか。
高級洋酒全盛の時代に、泡盛復権を目指して闘った二人の男。居酒屋「うりずん」店主土屋實幸と「醸界飲料新聞」主宰仲村征幸、両氏の思いの丈を聞きたかった。
佐久本氏はすでに他界していたが、土屋と仲村の両氏からは本人たちが亡くなる前に生々しい内幕話を聞くことができた。そして休暇をとっては沖縄入りをくり返すうち見えてきたのが、六百年の歴史をもつ琉球王国の酒造りにまつわる壮大なドラマだったのである。
私はこれまで日本酒やワイン、寿司や蕎麦など酒や食の世界について数冊の本にまとめているが、それらの本は特定の人物について掘り下げて書いたものがほとんどだ。
今回取り組んだ琉球泡盛はそれまでとは比べようもなく大きな世界で、特定の主人公を通して描けるようなものではなかった。戦争という時代背景を抜きには語れない点も従来の作品とはちがっていた。社会部で長年、広島、長崎の原爆忌や太平洋戦争にまつわるさまざまな企画記事を書いてきた。しかし、県民の四人に一人が犠牲になった沖縄の地上戦のすさまじさまではきちんと取材した経験はなかった。その戦火から泡盛を守ろうとした人々がいたことも驚きだった。
そうした七十数年前の戦争に今つながるのが米軍の辺野古新基地問題である。辺野古の前身、高江のヘリパット(ヘリコプター離着陸帯)反対闘争に取り組んできた平和運動のリーダー山城博治さんは二〇〇七(平成十九)年から七年間現場へ抗議の泊まりこみをしたが、その際には泡盛の一升瓶を必ずお伴にしてきたという。
「シークヮーサーを一滴垂らせばワインより旨い酒になる。泡盛を呑みながら多くの仲間と晩メシを食って語りあううち、連帯の意識が強くなっていった」と山城さんはふり返る。
その辺野古基地の埋め立てに沖縄南部の遺骨が混ざった土を掘り起こして使う計画が進行しているが、許されない暴挙であろう。防衛省の幹部は読谷村のチビチリガマを荒して反省した少年たちの爪のアカでも煎じて呑むべきである。
こうした話を聞くたびに「将来二度と戦争を起こさない平和な世の中をつくり、沖縄をクースの島にしたい」と語っていた土屋實幸さんの人懐こい笑顔を思い出す。
二〇二二(令和四)年五月は沖縄が本土に復帰し、かつ泡盛も国税事務所が指導に入り本格的に造られるようになって半世紀になる。
そうした重要な節目の年とはいえ、沖縄へ旅人として長年訪れるだけの私にできることは限られている。今まで取材してきた琉球泡盛についてまとめた原稿を出版し、皆様からご意見をいただくことである。
この作品刊行までは実に手間がかかった。琉球泡盛の美味しさを紹介する本ならともかく、沖縄戦と泡盛がセットのテーマでは重くてグルメには本が売れないと尻込みする版元が少なくなかったからである。
(…後略…)