目次
はじめに
地図
Ⅰ クルディスタンを歩く
第1章 いざ、イラン・クルディスタンへ――マハーバードからケルマーンシャーへ
第2章 イラク領クルディスタンを歩く――40年前の記憶から
第3章 アナトリア南東部を歩く――一つの道がつなぐさまざまな過去と現在
Ⅱ 歴史の流れのなかで
第4章 イスラーム史のなかのクルド――古典アラビア語文献が語るクルド
第5章 サラディン――世界でもっとも有名なクルド人
第6章 オスマン朝治下のアナトリア南東部――東西を結ぶ交通の要衝
【コラム1】シャラフ・ハーン・ビドリースィー――あるクルド系地方領主の生涯
第7章 アルダラーン家とサファヴィー朝――領域国家イランの形成とクルド系地方豪族の統合
第8章 ホラーサーンのクルド人――イラン北東部の「防人」として
第9章 東西両大国のはざまで――オスマン=イラン国境画定に翻弄されるクルド人
第10章 シャイフ・ウバイドゥッラーの「反乱」――変動するオスマン・ガージャール国境地域とクルド社会
第11章 ベディル・ハーン一族――クルド民族主義運動の先駆けとして
第12章 セーヴル条約からローザンヌ条約へ――クルディスタンの分断と国際関係
第13章 トルコ独立戦争とクルド人――「ムスリム同胞の兄弟民族」が戦った戦争
第14章 シャイフ・サイードの反乱――クルド民族主義の側面が強調された反乱
第15章 建国期のイラクとクルド人――現在まで続く混乱の起源
Ⅲ 多様な宗教世界
第16章 「真実の人々」――アフレ・ハックの世界
第17章 クルド人とスーフィー教団――カーディリー教団とナクシュバンディー教団
第18章 ヤズィーディーの人々――クルドのなかの少数派
第19章 シリア典礼キリスト教(アッシリア人)――クルディスタンの先住民族としてのキリスト教徒
第20章 アルメニア人とクルド人――その複雑で微妙な関係
第21章 ユダヤのリバイバル――メディア王国から現代まで
Ⅳ クルド人問題の展開
第22章 トルコ共和国初期の「国民」創出――人口センサスにおける「クルド人」の捕捉
第23章 イギリス委任統治下イラクのクルディスタン――長期的な展望を欠いた統治
【コラム2】ガーズィー・モハンマド――裁判官からクルティスタン共和国大統領へ
第24章 イラク革命とクルド人――「左派」台頭の波に乗ったクルド政党
第25章 アルジェ協定とイラク・クルド民族運動の挫折――バールザーニーの歩みをたどって
【コラム3】ムスタファー・バールザーニー
第26章 シリアのクルド人諸部族――歴史と現況
第27章 シリアのクルド人問題――制度的差別の系譜
第28章 イラン革命とイラン・イラク戦争――化学兵器の悲劇へ
Ⅴ 湾岸戦争後の世界
第29章 湾岸戦争と難民――民衆蜂起から自治発足へ
第30章 シリアのクルド民族主義運動――分裂の歴史
第31章 アブドゥッラー・オジャラン――クルド独立運動の英雄かテロリストか
【コラム4】オジャランとPKK
第32章 トルコのEU加盟とクルド問題――問題解決の鍵であり続けるのか
第33章 PKKとトルコ政府の停戦交渉――対立の連鎖は断ち切れるのか
第34章 トルコの「クルド系政党」――国内民主化と近隣国際紛争のはざまの試行錯誤
第35章 ペシュメルガ――ゲリラから国軍へなり得るか
第36章 事実上の国家――湾岸戦争とイラク戦争がもたらしたクルドの自治
【コラム5】ジャラール・ターラバーニー
第37章 クルドの対「イスラーム国」戦――拡大する領土と膨らむ独立の夢
第38章 イラン革命後のクルド人――権利の向上を目指す不屈の人々
第39章 ISとシリアのクルド人――イスラーム過激派と民族主義
第40章 ヤズディ教徒を襲った虐殺と拉致の悲劇――ISによる集団殺戮と奴隷化
第41章 遠のいた独立――住民投票が否定されるまで
Ⅵ 経済・生活・越境
第42章 イラク・クルディスタンの石油――資源を巡る争いとその蹉跌
第43章 アルビール――クルディスタン地域政府の首都
第44章 南東アナトリア地方の開発――経済成長と埋まらない格差
第45章 ダマスカスのクルド人――マクハーで働く若者たち
第46章 イスタンブルのクルド人――言説空間と日常生活のなかの多様性
第47章 ドイツのクルド人――変容する「クルド人」の輪郭とコミュニティ
第48章 オランダのクルド系移民――社会統合とクルド・ナショナリズム
第49章 在日クルド人コミュニティ――黎明期の「ワラビスタン」と、第1世代
Ⅷ 文化
第50章 クルド語はどんな言葉か――クルド語のいま
第51章 灰から生まれる文学――クルド現代文学
【コラム6】ヤシャル・ケマル――クルドの血筋に生まれたトルコの「国民的文豪」のねがい
第52章 イラク北部からトルコ南東部の音楽――織られ続ける音のタペストリー
第53章 タンブールとダフ――イラン・クルディスタンの代表的な楽器
【コラム7】グーラーンからマラシュへ――トルコとイランを架橋する音楽の旅路
【コラム8】バフマン・ゴバーディー
第54章 カーミシュリーのノウルーズ――民族の再生の日
第55章 クルディスタンの考古学事情――漂流する研究者
参考文献
前書きなど
はじめに
近年、中東地域に暮らす少数派の一つとして、クルド人が注目を集めている。では、そもそもクルド人とは、どういう人たちをさすのだろうか。ごく簡単に言えば、クルド語を話し、自らをクルド人と考える人々がクルド人だ。クルド語とは、インド・ヨーロッパ系のイラン語派に属する言語であり、イランの公用語となっているペルシア語とも近い言語である。とはいえ、単一のクルド語が存在するわけではない。実際にはいくつもの、場合によっては互いに意思疎通困難な諸方言があり、したがって、クルド人とは、それらのうちのいずれかを日常的に話す人々ということになる。宗教的にはイスラーム教徒が多数を占めるが、本書でも触れられているように、他の宗教・宗派に属する人々も少なくない。人口は4000万程度と言われるが正確なところはわからない。
(…中略…)
本書の企画は、アジア経済研究所で2015年度から始まった「クルド問題研究会」での議論のなかから生まれたものであるが、執筆にあたっては、当然のことながら、研究会メンバーのみならず、研究者、ジャーナリスト、ビジネスマンなど、さまざまな形でクルディスタンやクルド社会にかかわりをもつ、あるいは関心をもつ方々に声をかけ、参加していただいた。当初、この企画が立ち上がった際には、クルド人問題という、もはやタブーではないにしても、中東の関係諸国にとっては依然として微妙な政治性をともなうテーマにかかわる本書への寄稿は、多くの方が躊躇されるのではないかと危惧していたが、幸いにしてまったくの杞憂に終わった。各執筆者には、それぞれの立場や関心から、独自の切り口で、また自らの知見を活かしてクルド社会の多様な相貌を活写していただいた。
企画を練り、実際に執筆をお願いしてから、すでに1年以上の時間が過ぎている。日々揺れ動く政治動向をすくい取って書いていただいた方々には、その「活きの良さ」をそのまま読者に届けられなかったことについて、心よりお詫び申し上げたい。他方で、本書が、現時点での日本のクルド研究の一つの到達点であることもまた紛れもない事実であり、今後、若い世代を中心にクルディスタンやクルド社会に関心をもつ人々が、本書を一つの踏み台として、さらに高みを目指してくれることを祈るばかりである