目次
はしがき
序章 生涯学習の遺産発掘と生涯発達史研究——一社会教育史家の回顧と展望——
はじめに
1 社会教育史研究者として
2 英国成人教育史の研究
3 この一〇年間の社会教育史研究(1)——社会教育史の遺産
4 この一〇年間の社会教育史研究(2)——個人の生涯にわたる発達
おわりに
一 大正期の社会教育論——近代日本における社会教育イデオロギーの発展形態——
はじめに
1 大正期以前の社会教育論
2 欧米成人教育の紹介
(1)柳沢泰爾のイギリス成人教育紹介 (2)山枡儀重の英国大人教育の紹介
3 理論的基礎としての社会的教育学
4 思想善導的社会教育論
5 昭和初期の社会教育論
二 労働者教育の遺産——とくに近代日本における大学の関与と労働学校について——
はじめに
1 大正—昭和初期の労働者教育の概況
2 大正—昭和初年における官庁系の労働者教育
3 労働学校の発展と衰退
(1)日本労働学校の歴史とその教訓 (2)大阪労働学校の一〇年とその教訓
(3)その他の労働学校 (4)大学セツルメント労働学校
結語
三 農民教育の遺産——和合恒男の生涯と行学——
はじめに
1 和合の生涯
(1)少年期から青年期まで (2)農本主義教育の実践
2 和合恒男と妹尾義郎との交遊
(1)大日本日蓮主義青年団の時代 (2)初期の瑞穂精舎と妹尾の来講
(3)妹尾の左傾化と和合の離反
3 和合の思想
(1)和合の日蓮主義 (2)仏道と農道 (3)農業・農民問題と農民運動
4 和合の教育活動
(1)塾風教育の源流 (2)瑞穂精舎における和合の教育実践
おわりに
四 近世・近代における社会教育の遺産
1 社会教育の歴史的遺産
2 近世における治水と新田開発
(1)地に生きる人びとの営み (2)水利の開掘 (3)治水の事業
(4)近世における地域づくり
3 心学の民衆教化
(1)心学の社会教育的意義 (2)石田梅岩 (3)手島堵庵
(4)中沢道二 (5)植松自謙
4 通俗講話の方法論—加藤咄堂—
(1)「通俗講話」とは何か (2)通俗講話の方法への関心
(3)通俗講話の副次的技法 (4)通俗講話の内容
5 大西伍一の「土の教育」論
(1)大西伍一の社会論・文明論 (2)大西伍一の教育論・教育改革論
6 農民自治会の運動と学習活動
(1)農民組合と学習活動 (2)農民自治会運動の展開
(3)農民自治会運動の社会教育的意義
五 女性論・母性論の歴史的諸形態
はじめに——テーマとモティフ——
1 戦前における女性教育論
(1)「女子教育家」の女子教育論 (2)「人道主義」の女性論
(3)教育学者の母性教育論 (4)「胎教」と母子関係
2 戦後民主化と女性論・母性論
(1)リベラリストの女性論・母性論 (2)婦人運動家の女性観・母性観
3 戦後女性論・母性論の発展
(1)「母系主義」 (2)母性と幼児体験 (3)「活動家」家庭の教育
(4)共働き子育ての知恵
4 フェミニズムの女性論・母性論
付章 市町村合併と生涯学習——地域史の研究・学習と社会教育行政の課題——
1 本稿のテーマとモティフ
2 新しい諏訪史研究・学習の視点
(1)先史時代の遺跡を学ぶ (2)諏訪神社縁起と神話に学ぶ
(3)諏訪の中世史を学ぶ (4)近世史を学ぶ (5)近代史に学ぶ
(6)現代史から学ぶ
3 提言
◎ 初出一覧
前書きなど
はしがき 生涯にわたって、自己をより高めよう、より豊かにしようと努力する人間は、人生を前向きに積極的に生きている人だといえるであろう。そうしたいとなみのことを、「自己形成」の活動とよんでいる。戦前でいえば、「修養」ということばがそれであろう。ただし、修養というのは道徳面を重視することばで、人格の向上に力点をおいている。自己形成というのは、自己と世界について客観的に認識したうえで、自己と世界のかかわり方について省察し、自分の生き方を選択し、行動していくような知性の発展を目ざしている。 個人の自己形成の活動のことを「生涯学習」とよぶようになったのは、第二次大戦後、それもかなり最近になってからのことである。これは外国でつくられたことばなので、日本人には最初なじめなかったが、近ごろではさかんに使われて、いまでは日常語として用いられるようになった。もっとも、生涯学習とは何か、いかにあるべきかについては今だに議論がつづけられている。そうした議論は、本書のテーマではない。本書は、日本人がこれまでどのような自己形成をおこなってきたか、生涯学習でどんな成果を挙げてきたかを書こうとするものである。 青年や成人の自己形成・生涯学習活動を援助するのが、「社会教育」の任務である。社会教育は、行政によっても民間によってもおこなわれるが、社会教育行政は自ら社会教育事業を実施して市民・民衆に学習の機会を提供するとともに、市民・民衆が自主的におこなっている学習活動を支援しなければならない。 ところが、明治維新から一九四五年八月一五日の敗戦にいたる近代日本において、社会教育行政は民衆の自主的学習活動を支援するどころか、かえってそれを妨害し、政府にとってつごうのよい思想や意見を大衆のあいだにひろげることに力をそそいだ。そういう逆境の中にあっても、市民・民衆は真実を求め、より人間らしい生き方を求めて学習し、自分の学んだことを他の人にも伝えようと努めた。民衆の多くは学歴が低く、生活も苦しかったから、長時間の労働のあとで学習活動をするのは容易でなかった。劣悪な条件のもとで、誠実に学習活動をおこなった人びとのすがたを描き出すことが、本書の課題である。 こんにち、戦前とは比較にならぬ、豊かで安楽な生活に恵まれながら、人びとの学習の質は戦前よりもおちてきてはいないか。そんな思いもしないではない。近世から受けついだ遺産としての儒教倫理で、滅私奉公の生涯を送った志士もいたし、仏教信仰に生きぬいた仁人もいた。そういう先人にくらべると、現代の日本人は倫理的バックボーンをもたず、ひたすら私利を追求しているようにみえる。金銭以外の価値を認めず、しかもそのことによってしょっちゅう不満と不安に悩まされている。 しかし、戦前における公事とは、国事のことであって、市民社会における公共的課題を意味しなかった。市民の共同的利益ではなく、権力・体制の利益だったから、奉公に徹すれば自己を殺すしかなかったのである。ほんとうに自分を活かし、自分たちの利益をまもり、人類・世界に普遍的な真理・正義にかなう生き方をしようと思えば、しばしば国家の政策や法にそむかなければならなかった。こんにちわれわれが継承しなければならないのは、こちらの方の伝統である。 顧みれば、半世紀前に筆者が社会教育の研究をライフワークとして選んだのは、なぜ日本国民がさきの十五年戦争を防ぎえなかったかを、青年・成人の意識と学習という面で解明したいと思ったからである。近代日本社会教育史の探求によってその問題はかなりはっきりしたと思うが、今や戦前への反省を忘れて、ふたたび反亜・他虐の誤りが再現されようとしているこんにち、本書がそれへのささやかな警鐘になれば幸いである。 二〇〇四年八月一五日 著 者