目次
はじめに
1 数字で読む世界のなかのパナマ
第1章 国 土——運河で東西にニ分割された熱帯の小国
第2章 人びと——人種のるつぼと多民族社会
第3章 政 治——民主化を目指す新しい政治構造
第4章 経 済——サービス産業に依存する特異な経済構造
第5章 社 会——格差のある不平等な社会
第6章 教 育——高い教育水準と格差のある現状
2 地球の十字路
第7章 コロンブスとパナマ地峡——新旧大陸の文明の衝突
第8章 ダリエンとスペイン人——バルボアによる太平洋の「発見」
第9章 「太平洋の女王」——黄金の王都パナマ市
第10章 「王の道」——新大陸の財宝を運んだロバの道
第11章 カリブ海の宝石ポルトベーロ——独占貿易港と黒人奴隷市場
第12章 エルドラードとしてのパナマ——ヨーロッパ人による財宝争奪戦の舞台
第13章 先住民と新住民——新しい地域社会の形成
3 運河建設の夢の実現に向けて
第14章 群がる野望とパナマ地峡——しのぎを削る運河候補ルートの探査活動
第15章 地峡を横断するパナマ鉄道の建設——アメリカ西部のゴールド・ラッシュで増大する輸送需要
第16章 レセップスの挑戦と挫折——スエズ運河と同じ海面式工法で失敗
第17章 アメリカ合衆国の海洋帝国の野望とパナマ地峡——アメリカ世論を沸かせた戦艦「オレゴン号」の失敗
第18章 ヘイ・エラン条約とパナマの分離独立——パナマ独立と運河条約締結をはかった謎のフランス人
第19章 コロンビアからの分離独立と運河条約——独立の見返りに運河地帯の主権を喪失
第20章 アメリカの支配下に入るパナマ——幅一六キロのパナマ運河地帯がアメリカの治外法権下に
4 パナマ運河の建設
第21章 アメリカの国家プロジェクトとしてのパナマ運河建設——パナマ独立後、ただちに開始した運河工事は難渋
第22章 大地を開鑿する——「大地は分かたれ、世界はつながれた」
第23章 パナマ運河に影を落とした五〇万人——フランスとアメリカの運河工事に従事した人びと
第24章 一九一四年の開通と第一次世界大戦——戦後、急速に伸びた通行量と「第三閘門案」の浮上
第25章 閘門式運河の構造——自然の原理を巧みに活かした二〇世紀最大の装置
第26章 運河条約の系譜——パナマの主権闘争で念願の新運河条約を実現
第27章 運河の利用状況と水資源——船の大型化とコンテナ貨物の急増、新たな水資源を求めて
5 パナマ運河の政治学
第28章 アメリカ帝国主義——強まる運河支配
第29章 パナマ国内政治の力学——旧支配層vs市民派
第30章 アルヌルフォ・アリアスとポプリスモ——大衆動員型政治の成立
第31章 第二次世界大戦とパナマ運河——国際紛争の最前線と化した運河
第32章 冷戦下のパナマ運河と軍部の台頭——レモン司令官を中心に
第33章 新パナマ運河建設構想と日米関係——新運河建設の調査に日本も参加を表明
第34章 第二パナマ運河建設に向けての調査——アメリカ・パナマ・日本の三カ国「パナマ運河代替案調査委員会」の発足
6 反米から自立へ
第35章 高まる反米運動——主権をめぐるパナマ人の闘い
第36章 パナマ・ナショナリズム——われわれの国旗を掲げよ!
第37章 トリホス将軍と一九七七年の新運河条約——約束された運河の返還
第38章 ノリエガ将軍とアメリカの侵攻——再び忍び寄るアメリカの影
第39章 運河返還を前に揺れるパナマ市民——信ずるべきはアメリカか、パナマか?
第40章 第三の独立——一九九九年一二月三一日の運河の完全返還
第41章 運河のパナマ化と二一世紀のパナマ運河——収益性を目指す運河経営と「ポスト・パナマックス案」の実施
7 モノとカネとヒトの交差点
第42章 アジアと大西洋をむすぶ海上輸送ルート——着実に増大する中国からアメリカ東岸向け「コンテナ貨物」
第43章 麻薬と麻薬資金の通過地点——過去と現在
第44章 国際金融センター——内外のドル資金需要に応えるユニークな金融センター
第45章 国際政治のむすび目——国際政治の会議場? それとも亡命者・逃亡者の隠れ家?
第46章 世界の海洋に君臨するパナマ国旗を掲げた船——便宜置籍船とパナマ
第47章 クロスロードの食文化——狭いパナマで世界のグルメと土着料理を味わう
第48章 日本経済にとってのパナマ運河——「第三閘門案」実施は二〇〇五年前半の国民投票で決定
8 目指す運河を越えた新しいパナマ
第49章 アメリカ支配一〇〇年が残したもの——従属から自立への道
第50章 運河地域の再開発——旧米軍施設は研究学園都市やリゾートホテルに再活用
第51章 パナマの産業開発戦略の行方——地域間経済格差の是正が最大の課題
第52章 観光立国に向けて——コスタリカに学ぶ豊かな自然と歴史遺産の活用
第53章 女性パワー——社会進出するパナマの女性たち
第54章 スポーツに見る新しい波——個人の運動能力の高さで世界に飛躍
第55章 パナマの先住民——過去と現在
【コラム1】新生パナマが取り組む環境保全政策
【コラム2】「王の道」を探す
【コラム3】パナマ運河鉄道にはじめて乗った日本人
【コラム4】パナマ運河とスエズ運河
【コラム5】パナマ運河爆砕作戦
【コラム6】パナマ運河と日本人
【コラム7】米ドルとパナマ通貨バルボア
【コラム8】さらば星条旗——密かに行われたアメリカ国旗返還式典
参考文献案内
前書きなど
北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を捻じ曲がった紐のような形でむすんでいる中米地峡の南端に位置するパナマについては、人類の歴史に残る記念碑的建造物である「パナマ運河」のある国として、誰もがその名を知っている。しかしパナマが運河だけの国ではなく、世界の十字路として五〇〇年の歴史を刻んだ魅力的な国であることを知る人は少ないのではないだろうか。 ラテンアメリカ諸国のなかでも、パナマほど複雑な経緯を経て現在の主権国家を樹立した国はない。「三回独立した」とよく言われるが、パナマはスペインから独立し、次いでコロンビアから独立し、そしてアメリカから「独立」した経験を持っている。スペインの植民地のヌエバグラナダ副王領の一部であったパナマは、スペインから独立した一八二一年にはグランコロンビア共和国(現在のコロンビアとベネズエラとエクアドル)の一部であった。その後グランコロンビアが分裂した一八三〇年にはヌエバグラナダ共和国の一地方となった。一八八六年には現在のコロンビア共和国が成立したが、中米地峡に大西洋と太平洋をむすぶ運河の建設を熱望したアメリカ合衆国の強力な支援によって、一九〇三年にパナマ地方はコロンビアから分離独立したのである。しかしこの一九〇三年の独立は主権国家としての独立ではなかった。一九九九年に運河がパナマに返還されるまで、パナマは実質的にアメリカの支配下に置かれていたからである。こうして運河と運河地帯が完全にアメリカから返還された一九九九年一二月三一日が、パナマの「第三の独立」となったのである。 運河建設というアメリカの野望と後押しで一九〇三年に独立したパナマは運河のためにアメリカに支配され続けたが、現在のパナマは自立した新しい時代を築こうと努力をする主権国家である。アメリカの軍事基地は熱帯雨林を保護するために国立公園へと変貌し、アメリカ人だけしか入れなかった地域がパナマ国民に開放され、星条旗が翻っていた建物や丘の上に、現在はパナマ国旗が掲げられている。貧困問題をはじめ多くの難問を抱えているが、パナマは緑豊かな国土と歴史遺産を保全し、運河を中立的な国際交通路として運営しながら、国民が豊かに暮らせるための国土開発と社会改革に取り組んでいる。 そのようなパナマの姿を読者に紹介したいと、私たちは本書を企画した。本書を読んでいただいた読者の皆さんに、パナマの姿とその魅力、そして抱える問題をきちんと伝えられたら、私たちの目的は達成されたことになる。二〇〇四年七月著者一同