目次
まえがき(吉田康彦)
序 章 平和学とは何か(岡本三夫)
第1章 新しい「平和」を考える
1 近代西洋哲学における平和(鰺坂 真)
2 平和と安全保障を問い直す(加藤 朗)
3 文化人類学から考える平和(栗本英世)
4 平和・人権・「持続可能な開発」教育(米田伸次)
第2章 パラダイムの転換をどうとらえるか
1 国連は世界平和を守れるか(吉田康彦)
2 大量破壊兵器拡散の脅威(吉田康彦)
3 人権と平和(澤野義一)
4 開発・人口とNGOの役割(池上清子)
5 ジェンダーと平和(柳本祐加子)
第3章 地域紛争をどう解決するか
1 地域紛争と平和構築の重要性——東ティモールの事例(山田 満)
2 中東の戦争と平和の条件——イラク・パレスチナ問題の診断と処方箋 (森戸幸次)
3 東アジア共同体実現の課題(吉田康彦)
第4章 日本の近現代史と「平和」
1 太平洋戦争終結と日本国憲法(澤野義一)
2 日米安保体制と有事法制(澤野義一)
3 被爆体験を風化させないために——ヒロシマ・ナガサキからの証言(田崎 昇)
第5章 自然科学と文学から考える「平和」
1 地球環境破壊が平和を脅かす(吉田康彦)
2 科学技術と平和——IT(情報通信技術)を活かす道(洪 邦夫)
3 文学にみる反戦・平和——第一次大戦から現代まで(金 成秀)
あとがき
事項・人名索引
執筆者紹介
前書きなど
まえがき 「平和学」は平和を希求し、実現するための価値志向型の新しい学問領域で、二〇世紀、特に第二次世界大戦後、欧米諸国で普及し、大学教育にも導入されるようになった。一九六九年、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが、平和の対極に「戦争」よりも広義の「暴力」をおき、貧困・差別などを「構造的暴力」と定義して以来、「平和学」の研究対象が広がった。その経緯は序章の岡本三夫教授の論文を参照されたい。 平和学・平和研究が盛んになった理由は、1.米ソ冷戦激化で世界大戦再発の危機感を人類が強めたこと、2.冷戦構造崩壊後は地域紛争が頻発し、紛争予防・解決・再発防止の必要性が高まったこと、3.ガルトゥングの定義が広く受け入れられて、人権・開発・環境などのグローバル・イシューズ(地球規模問題群)が研究対象となり、すべて「平和学」の枠組みで取り上げられるようになったこと、などである。 日本でも、岡本教授の調査によれば、国公立・私立大学合わせて一五九校で「平和学」関連の講座が開講されており、年とともに増加の傾向にある。若い研究者も増えている。三〇年の実績を誇る日本平和学会には八〇〇人以上の研究者が入会し、春秋二回の研究大会で活発な討論を繰り広げている。 「平和学」の特徴は、1.考察の対象が多岐にわたり、間口が広いこと、2.そのため学際的アプローチが不可欠なこと、3.国際機構・国際条約などのシステム・レジームとの関連を無視できないことである。 特にポスト冷戦期に頻発している地域紛争の原因と背景は複雑を極め、ガルトゥングの説く「構造的暴力」の性格づけや対処法は多種多様で、従来のアプローチは通用しない状況が生まれている。 この間、開発・環境では「持続可能な開発」、開発の対象としては「人間開発」、さらに包括的な安全保障の概念として「人間の安全保障」など、新しいパラダイムが次々に登場している。いずれも「国家」から「個人」へのパラダイム・シフトである。 また二〇〇一年九月一一日、全米を震撼させた同時多発テロは従来の国家安全保障観を一変させ、テロが“非対称の脅威”として登場した。ブッシュ米大統領は「これは自由と文明に対する戦争だ」と叫び、対テロ戦争を米国の安全保障戦略の根幹に据えた。パレスチナでもイラクでも、自爆テロが日常茶飯事になっている。 本書では、これらの新しい問題を真正面から取り上げ、考察している。これが本書の第一の特徴である。 ポスト冷戦期の国際社会では、国家に代わるNGO(非政府組織)などの「地球市民社会組織」の影響力を無視できなくなったことで、対人地雷全廃条約締結、国際刑事裁判所の設置、地球温暖化防止条約発効などで果たしている彼らの役割は目ざましいものがある。本書の第二の特徴は、これら国際システムにおける新しいアクターに注目し、それぞれ関連の分野で詳しく紹介している点である。 第三の特徴は、方法論としての学際性にある。完璧は期しがたかったが、国際政治、国際法、国際関係論、地域研究、憲法論などの従来の社会科学的アプローチのほかに、人文科学・自然科学・文学の専門研究者の協力を得て学際的アプローチを試み、独立した章として扱った。第五章は、その成果の一端である。自然科学・哲学・文化人類学・文学などの分野で博士号をもつ研究者が「平和学」のために執筆に加わっている類書は、私の知る限り存在しない。その意味で、本書は平和研究の学際性を特に前面に打ち出した本邦初の試みである。(後略)